短編
□贄――それは、罪を犯させた代償
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「柑露」
呼ばれて、振り返る。
カンロ――柑露。蜜柑の露。それが今の私の名だ。
「柑露。呼んでる」
そう、告げられて。
柑露はひとつ、頷いた。
分かった――そう、伝えたくて。
「柑露、村長のところだ。中心の家。分かるな」
もうひとつ、頷く。
分かる――そう、伝えるために。
「そうか。じゃあ、ちゃんと行けよ」
もうひとつ、頷く。今度は微笑みをつけて。
分かっている――
そんな柑露を、相手は微笑を返しつつ手を振って、見送った。
村長は、老人だ。
長く白い毛で覆われている。
「柑露か――よう来た、まずは座れ」
年相応の、年季の入った声音。慈愛と憐れみの混じったそれ。
柑露はひとつ礼をして、村長の前へと座す。
「まずは飲みや。長い話となるやも知れんからな」
そう言って、村長は焼き物の壷から透明な液体を二つの茶碗へと移しかえる。一つを柑露の前へ置き、一つは自分が口をつけた。
柑露も村長に倣い、口をつける。独特の風味と旨味。水ではなく――珍しい、酒だ。
「旨いかや、柑露」
柑露は頷く。酒など、滅多に飲めない。
村長は嬉しそうに頷き、言葉を返す。
「そうか、それは良かった。ほれ、もう一杯飲みや」
柑露にそう言い、壷から茶碗へと酒を注ぐ。
その行動を少々疑問に思ったが、柑露はその酒を有り難く頂戴した。
酒など次いつ飲めるか分かったものではない。
「柑露や――すまぬな」
村長は、そう柑露に切り出した。
それは、五十年に一度一人に与えられる役目。
柑露は――その役目に選ばれた。
五十年に一度の、村から選ばれるたった一人の人に。
柑露は――その話を、受けた。
それより七日のうち、柑露は様々な人の家を巡った。
好きな人も、嫌いな人も。
どちらの家も柑露は巡り、ただ一つ頭を下げた。
ただそれだけのために、柑露は家々を巡った。
そして、八日目。
柑露は村から姿を消した。
「よいのか、柑露――ここを行ったら後戻りはできぬぞ」
村長のその言葉に、柑露はただ静かに頷く。
「そうか――すまぬ。そして、有り難う――柑露」
柑露は、ただにこりと笑って――そこを、行った。
後戻りはもうできない――それを、恐れることなく。