短編

□赤と黒の目覚め
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 赤い色は全てを穢し、
 黒い色が世界を包む。



「灯坂――」
 呼ばれて、振り返る。
 それは、顔を顰めた。
「また、そんな――」
 汚れて。
 その言葉に、灯坂は己の手に目を移す。
 赤く、汚れた手。
 手だけではない。
 足も、服も、髪も、見えないけれど顔さえも、きっと赤い。
 それほどまでに汚れた己の体。
 赤く、汚れた。
 灯坂は一応、体を動かして確認してみる。
「別に――大丈夫。怪我はしてない、と思う」
「灯坂――怪我の問題じゃあなくて」
「知ってる。でも、更紗。止めるつもりはないよ」
「でも――灯坂。きっとそのうち取り返しのつかないことになる――」
「そうだね。でも更紗――」
 灯坂は、笑う。
 その唇に笑みを浮かべ、赤いその姿でくすくすと。
「私たちは取り返しのつかないことをやろうとしているんだよ――」
「――、そうだけど――。でも――」
「でも、何」
「――でも、」
 更紗は、口ごもる。
 目線を下げて、眉根を寄せて。
 灯坂はそんな更紗を冷たく見下ろしながら、答えを待つ。
 ――けれど更紗は何も言わない。
 そんな答えを待つほど、灯坂は人が良くない。つもりだ、自分では。
「帰るよ、更紗。明日のために休まなきゃ」
「――そうだね、灯坂」
 更紗は悲しげに、呟いた。



 この世界には、一つの言い伝えがある。
 言い伝え――だろう。
 親から子へと伝えられる昔話、という感じのもの。
 それは、こんな語り始め――


 赤い色は全てを穢し、
 黒い色が世界を包む。


 この世界が創られた時、たくさんの神様がうまれた。
 風の神様や、水の神様。
 火の神様や木の神様、土の神様。
 太陽の神様、月の神様。
 たくさんの神様、その中に、双子の神様がいる。
 赤い神様と黒い神様。
 その神様は、滅びの神様。
 世界を滅ぼす神様。
 けれど、世界を滅ぼす神様は、眠っている。
 だから、世界はまだ滅びていない。

 世界が滅びるのは、まだ先のこと。


 世界が全て赤く染まったら、赤い神様が目覚めて。
 世界が全て黒く包まれたら、黒い神様が目覚める。


 双子の神様が両方目覚めたら、その時が世界の終わり。
 世界が滅びてしまう――



「ねえ――灯坂。もう、止めよう」
 更紗が、そう灯坂に懇願する。
 もう、今までに何度聞いたかわからない言葉。
 その言葉に、灯坂はいつものように返事をする。
「何を言っているの、更紗。もう遅いよ」
 何度も交わされる、同じ言葉の繰り返し。
「でも、灯坂。まだ大丈夫でしょう、まだ、神様はお目覚めになっていない――」
「そうだね。でも、更紗。私たちは世界を赤く染めている。世界を滅ぼす神様を目覚めさせるためにね」
「でも、今ならまだ――」
「神様を目覚めさせるのは、私たちじゃあない」
 何度も言った言葉。
 そしていつも、灯坂は更紗に優しく微笑む。
「そう言いたいんだろう――けどね、更紗。確かに今止めれば、僕たちは神様を目覚めさせることはない。でも――ね。更紗。僕たちは今、世界を赤く染めているんだよ――分かるかい」
 更紗は、小さく頷く。
「私たち――は、世界の滅びを早めてる」
「そう。それに、そもそも私は止める気はないよ。それは――滅びの神様を目覚めさせることは、私の願いなのだから」
「知っている――だから、私はここにいる」
「じゃあ、更紗。黙って付いておいで」
 更紗は小さく、頷いた。
 一筋、その頬に涙を伝わせながら。



 そうして灯坂は今日も世界を赤く染める。
 願いを、叶えるために。



 そうして――

 漸く、願いは叶う。
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