短編

□赤と黒の目覚め――目覚めの後
1ページ/2ページ

 世界が赤く穢れ、
 世界が黒く包まれた。

 その後、世界は滅びへと向かっている。



 ――灯坂が世界の一部を赤く穢してから、一年の時が流れた。
 更紗はあれから、世界を穢すことはなくなった。
 元々更紗が世界を穢す手伝いをしていたのは、灯坂の願いが世界を穢すことだったからだ。
 世界を穢して、滅びの神を目覚めさせることだったから。
 ――けれど灯坂はもういない。
 だから、更紗が世界を穢す理由もない――

 それに。

 今は、更紗が世界を穢さずとも、世界は穢れてゆく。
 丁度、一年ほど前から。
 灯坂がいなくなった辺りから、世界は物凄い勢いで穢れていっているのだから。


 今日はあの村が。
 今日はあの山の麓が。
 今日はあの国が。

 白い悪魔に穢された。


 そう、噂されない日はない。
 皆はその噂の悪魔を恐れる。
 そして更紗もまた、皆と同じようにその悪魔を恐れた。
 一年前までは狩る側だった更紗が、今は獲物として狩られることに怯えている。
 何だかとても滑稽で、笑えてしまう。
「灯坂――」
 更紗はそうやって、小さく呟く。
「灯坂――どうして」
 どうして、死んでしまったの――
 小さな、小さな呟きは空気に溶け、風に消える。
 そして、その声音の余韻が消えた頃――
 ざわり、と空気が騒いだ。
 一瞬で変化する空気。
 耳も、目も、何も変化は感じていないのに――肌で、感じる。
 空気の変化――
 そして。
 次の、瞬間。
 耳も、目も――変化を、感じた。

 赤。
 赤い色。

 視界は赤く染まり、鼓膜は異音を受け取る。
 更紗の目の前は、まるで地獄絵図。
 まるで、赤い海。
 その中心に佇む、二つの影――


 真っ赤に染まった、それは白い悪魔――


「黒、汚れてるよ」
「赤も汚れてる。仕方ないけどさ」
「そうね、仕方ないわ」
「だけど、赤。その赤い色は赤の目の色に良く似合ってるよ」
「有り難う、黒。黒の目の色には何が合うのかしら」
「何だろう。でも別に良いよ。見るのは赤だけだから」
「そうね、でもこちらが見るのは黒よ」

 くすくす、くすくすと笑い合う人影。
 白い姿を赤く染めた二つの人影は、同じ形の双生児。
 その二人が――
 更紗に、気づいた。

「あら――残りが、いたわ」
「そうだね、どうしようか」
「片付けてしまいましょうか」
「そうするべきだろう」
「ええ、そうしましょう」

 殺される――更紗は、その言葉が頭を過る。
 嫌だ――そう、思う。
 何か――何か――何か――

「あ――」

「あなた、たちは――」

「あなたたちは、どうして――」


「どうして、人を殺すの」


 白い、赤い双生児はきょとんと首を傾げる。


「どうして――」
「だって、それが我らが仕事」
「我らが創られた時に定められた、それが役目」

「世界を滅ぼすことが、我らの存在する理由」

「我らは、世界を滅ぼすもの――」


 世界を、滅ぼす。
 それは、まるで――


「神様――滅びの、神様」

「双子の――赤い神様と、黒い神様」


「神――人間は、我らを神と呼ぶの」
「我らにとっての神は、全てを創った母君だけ」
「けれど、そう――我らは世界を滅ぼすもの」
「母君に任じられた、我らが役目」

「我は赤――」
「我は黒――」

「目覚めから、人間の単位で約一年」
「世界を穢し、生きるものを殺し続けた」
「けれど、生きるものはしぶとくて」
「まだまだ、世界は滅ばない――」


 双生児は、唄うように言葉を紡ぐ。
 交互に、唄うように。
 言葉は流れ、くすくす笑う。


「世界が赤く穢されて」
「世界が黒く包まれた」
「だから我らは目を覚まし」
「創世以来の再会を果たした」
「それから一緒に」
「世界を滅びに導いて」
「ああ、誰だったか」
「どんな人間だったか」
「我らの目覚めの、最後の一滴」
「我らの仕事の、最初の一滴」
「もう、あまり覚えていないけれど」
「確か、そう――」
「何といったか――」
「近くには、小さく哀れな亡骸」
「そう、確か――」

「灯坂」

「そう、名乗ったわ」
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ