長編
□夏の夜の水辺
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その方はとても冷たい瞳で、わたしを見詰めておりました。
見詰められたわたしは、冷たい冷たいその瞳の冷たさへ感じた背筋の凍ってしまうようなおそれと、その方を前にしているという激しい緊張と喜びとがからだの中でぐちゃぐちゃに混ざり合っていたのです。
憧れのあの方が目の前へいることに心は緊張で強ばり、声を出したら震えてしまいそうで、見詰める冷たい眼がわたしは怖くて怖くて、不覚にも足を震わせてしまっておりました。
しかしわたしは、わたしの顔へ無理矢理微笑みを貼付け、その方へ言葉を投げかけました。それが、わたしへ与えられたお役目だったからです。
そのお役目が、わたしがその方に近付くことを許された、唯一の理由でした。
わたし個人の持つ、あの方と言葉を交わしたいという、本当ならば許されざる欲求が許される唯一の理由だったのです。
わたしは、その方を初めて目にした時から言葉を交わしたいという欲求を持っておりました。
そして、それは日を追うごとに強まっていきました。激しく強く、焦がれていたのです。
ですから、その方を目にした瞬間、わたしは欲求が満たされる喜びに打ち震えたのでございます。
けれどその方の冷たい瞳に見詰められた瞬間、堪え難いおそれへ渦を巻いて流されてしまったのだけれど。