短編2

□瞳の見詰める、
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 彼女は、いつも人の輪の中に在った。
 けれど、ふと。
 稀に彼女が「そこではないどこか」を見詰めているように感じていた。
 見ている場所は、「そこ」。
 けれど、見詰めている場所は「そこ」ではない「どこか」。
 そんな時、彼女は何を見詰めていたのだろう。
 時に酷く冷たい光を帯びる、その瞳は。



 ひゅう、と。風が吹く。
 その風は冷たく吹き上げ、彼女の髪を弄ぶ。
 彼女の、白く細い人差し指が。
 真っ直ぐに指差したのは。
「君」
 ちょうど、心臓の上。
 そこに、彼女の指が向けられる。
「君。君、とても綺麗だね」
 ゆらりと微笑む彼女。
「君の容れ物の、その中身はとても綺麗だ」
 その眦は優しく緩められ、一瞬その状況を忘れさせた。
 ひゅう、と。その風でそれを思い出す。
「君」
 口を開こうとすると、彼女が呼んだ。
「君も一緒にどう?一緒に容れ物を壊してしまおうよ」
 優しいその声音。
 釣られるように、一歩足が出た。
 それに気づいて、慌てて足を戻す。
「君。一緒に開放されよう」
 優しく伸ばされた腕。
 誘うように、ゆらりと伸ばされる。
「君、一緒に行こう。君はとても綺麗だから」
 ひゅう、ひゅう、と。風が泣く。
「君。ね、君」
 ゆらり、と。
 彼女は、笑っていた。



「君、一緒に飛ぼう?」



 彼女は笑って。
 両手を、伸ばした。
 ゆらり、と。
「君」
 誘うように。
 微笑んで、いた。
「君、共に行こう」
 ゆらり、と。
 彼女は。
 落ち、た。
 落ちて、行った。
「君」
 声だけを、残して。
「君」
 その声が誘うようで。
 いつの間にか、足が動いていて。
 彼女を、追った。





「君」


「君、共に飛ぼう?」


「君は綺麗だから」


「君も一緒に、容れ物を壊してしまおうよ」


「君。ねえ、君」




「君――」








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