短編2

□逢魔が時
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 帰り道、一日の疲れと日が落ちて更に酷くなった寒さに、倫子は自然とため息を吐き出す。
 コートもマフラーも、やわらげてくれる寒さはほんの少しで、それらを抜けて届く寒さに倫子は体を震わせた。こんな時はいつも冬という季節を恨みたくなる。
 じり、と道を踏みしめて、一歩、一歩と歩く。足は寒さのためか徐々に速くなり、けれどそれは走るというほど速くはならない。
 早足で歩きながら、道を行く。やがて十字路へとたどり着き、そこを右へと曲がった。
 あとはまっすぐ、もうすぐ倫子の家へだ。
 家へ着いたらストーブとコタツをつけてあたたまるのだ。少しあたたまったらご飯を食べて、食べ終わったらコーヒーを入れてみかんを食べながらテレビを見る。そんなことを考えて気を紛らせながら、倫子は足を動かす。
 すると、前から影が現れた。
 小さな影は急に現れて、どこから?、と倫子は不思議に思ったが、すぐに答えは出た。公園だ、影の現れたそこは、ちょうど公園の出入り口。子供たちがよく遊んでいる、住宅街の小さな公園。きっとあの子供は、公園で遊んでいて、暗くなってきたからと家へ帰るのだろう。
 こんな時間まで元気だな、と思いながらも倫子は足を動かした。寒い、早く帰りたい。
 すると、子供の影は倫子に気づいたようで、可愛らしく微笑んだ。
「こんばんは」
 元気な声で声をかけるその影に、わたしもこんな頃があったのだ、と倫子は懐かしく思いながら、微笑み返した。
「こんばんは」
 すれ違う、影は走りながら、倫子は早足で。
 ああ、家だ。家へ着いた。
 倫子は家の門を開け、鞄から鍵を取り出して鍵穴へと差し込む。まわして、鍵の、外れる音が――


 懐かしい、


 ふと、そんなことを思った。倫子の行動が、止まる。
 何が、懐かしいのだろう。この家は倫子の家で、しかも何日も家を空けていたわけではない。
 昨日もこの家へと帰ったし、今朝はこの家から出掛けていった。
 いつもと同じ、日常。懐かしがることなど、何もない。
 では、何が――
 その時、倫子は気づいて振り返る。がしゃり、と門が音を立てた。
 子供の影。あの、子供は。


 あの子は、確か――


 そこに子供の影は、もう、なかった。
 子供の影どころか、しんと静まり返るその場所には、倫子以外の人影は、なにもない。
 犬の遠吠えが、夜の世界にこだました。
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