短編2

□ヒーローの心裏
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 そいつは、彼女を傷つけたそいつは、憐れなものを見る瞳で私を見詰め、言い放った。
 深手を負って意識を手放した彼女は、ぐったりと大地に横たわり、赤い血がその周りに広がって不可思議な模様を描いている。
 意識を失って間もないけれど、その出血量は早く治療をしなければ彼女の命は危ういと、そう語るに十分な量だった。
 彼女は、私の導き手である。私は彼女により力を自覚し、それがこの世界唯一のものであることを知った。
 私の持つ世界唯一のその力は、使い方次第で、世界さえ簡単に滅ぼしてしまう。だからこその、導き手。私が力を使い誤らないための。
「彼女は、彼女自身の欲のために君を欲している。世界も君も関係なく、ただ彼女の願いのために。彼女は君が死んだとしても、世界が滅んだとしても何も感じない。断言出来るよ、彼女は君を利用して、傷つけて、最後には裏切るんだ」
 憐れみの瞳は、私に手をのばした。掌が、誘うように揺れる。
 その掌の持つ、私への憐れみは、そのまま彼女への侮蔑となっていた。
 彼女を侮蔑して、私を憐れむ。そいつは、そんな感情の元私を誘っていた。
「だからさ、僕の元へおいで。唯一の力を持つ君は、僕たちの元でその力を使うべきだ。悪いようにはしないよ、僕はいつだって君に真実を伝えてあげる。まあ、僕も君のためには行動しないけれど、嘘つきの彼女よりはましでしょう?」
 言いながら、くく、と声を漏らして、そいつは私を誘う。
 嘘つきの彼女。そいつの言葉は、彼女を貶めるもの。
 笑んだそいつの手と、瞳を見て、私は。私は、そいつの笑みに――





「――、」





 笑みを、返した。
 にっこりと、笑い返してやったのだ。私は、極上の笑みで、そいつを見詰めた。
「嫌だよ。私は決めたんだ。彼女と共に戦う、と。彼女と共に戦って、守って、勝って、生き残る、と」
 その言葉に、そいつは揺れた瞳を、嘲りへと塗り替えた。
「私の守るべきものは、彼女だ。彼女たちこそ、私と共に在り、守るもの」
 侮るような表情で私を見下ろして、そいつは嘲るように笑う。私を、嘲る。
「彼女たちを守って、君に何の益があるというの?何の益もないでしょう?なら、何故君は彼女を守るの、何故彼女と共に在るというの?」
 あはは、と私は笑った。笑いたくなって、笑った。
 そいつの嘲りが。嘲るそいつが、的外れのことをこぼし続けるから。
「益?そんなこと、関係ないだろう?どうして私が彼女の手を放して、君の手を取らなくてならないんだ。どこにそんな理由がある」
 笑みの、声が漏れる。笑いながら、私はそいつを見詰め返した。
 憐れみの瞳が、揺れる。
「理由?簡単な理由があるでしょう?彼女は嘘つきだ、僕はよく知っている。君は嘘つきを信じられるの?嘘をつかれれば、それは君にとって損となる。損をして、それでも君は彼女を信じられるの?あなたのため、だなんて馬鹿でも分かる嘘だよ」
「分かっているよ、そんなこと。でも、人間誰しも自分のためだけに生きている。誰も、他人のためには生きることは出来ないんだ。それに、人間は誰でも嘘つきで、嘘をつかない人間はいない。嘘つき、という点では君も彼女も同じだよ」
「――、では、何故君は彼女と共に戦うの?何故そう、決めたの?君が取る手は、彼女ではなくても良いでしょう、僕の手を取っても、構わないしょう?」
 そう、首を傾げて眉根を寄せるそいつには、分からないのだろうか。とても簡単なことなのに。それとも、簡単すぎて、分からないのか。
 私が彼女と戦う、理由。とても、簡単で、単純なその理由。
「何故彼女と共に戦うか?そんなの、決まっている、簡単なことだよ。それは――」





「それは、彼女の方が君たちより先に出会ったから」





「だから、彼女と共に私は戦う。当然のことだろう?彼女は私を守るために現れた。君たちは彼女を排除するために、彼女の敵として現れた。客観は何の意味を成さない、私の主観だけが意味を成す。人がどう思おうと関係なく、私がどう思うかだけが関係する。つまり」
 私の味方は彼女。
 彼女の敵はそいつら。
「彼女は最初に、私の仲間となった。仲間の敵は私の敵だ。敵に好意を抱く者はまずいない。いたとしても、余程の馬鹿かお人よしだ。私はそのどちらでもない。つまり、私が君たちに敵対する最大の要因は、君たちが私の敵として現れたことだ」
 だから、もし。
 それは現実において何の意味もなさない、仮定の話。
「もしも、君たちが彼女より先に私の前に現れていたならば、私は君たちの側についただろう。――まあ、全ては過ぎたことだが」
 ふふ、と笑みを零す私に、そいつは何とも言えぬ顔をした。私は、その時のそいつの表情を的確に表現する言葉を知らない。
 けれど、そいつが何を思っているのか、何を言いたいのか。それだけは、分かった。
「何だ?こんな考えの持ち主はヒーローに相応しくない、なんて顔だな。だが、もう遅い――」





「世界はすでに、私をヒーローとして選んだのだから」











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