長編
□完璧なる水鏡―――望月
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序
「ちちうえさま、どこへいくのですか?」
父親に手を引かれて歩く幼子。
其の黒い髪は結い上げられ、其の黒い瞳は父を見上げる。
父は幼子を見、微笑む。
目元の、口元の、其処彼処の、皺。
白髪の混じる其の髪、和服に身を包んだ其の男は、四十を超えたか五十を越えたか。
男は立ち止まり、幼子の頭に手を載せる。
「我が枯原桜の家にはね、五つになると避けて通ることが出来ない事が在るんだ」
簡単な儀式だよ、と男は笑う。
「いまから、それをするのですか?」
幼子は緊張した面持ちで父の顔を見る。
男の其の顔には柔和な笑み。
「そうだよ。………はは、そんなに緊張をすることは無い。すぐ済むからね」
「はいっ」
幼子と其の父親は再び歩き始めた。
其の日、其の家―――枯原桜の家の跡継ぎが決まった。
未だ五歳になったばかりの幼子だったという。
幼子、名を祝。
此れこそが、此の物語の発端。
祝が家を―――家宝を継ぐ事になった事こそが。
其の宝は望月と呼ばれる宝玉。
其の日が過去になってから幾年経ったか。
きっともう、十年余。
月は幾度も満ち、欠けた。
今はもう遠き日を想いながら。