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□恋は駆け引き 中編
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先生の車の中は、煙草の臭いなんて全然しなかった。
たぶん、バレないように気を付けてるんだろう。
そこまでして、あの“奏先生”を演じたいのかな……。


「春日の家ってどの辺だっけ?」

「えっと、北駅の裏側……」

「あっちか。……歩いて来てるのか?」

「バスです。歩いて来てたら一時間ぐらい掛かります」

「それもそうか」


奏先生は何事もなかったように話しかけてくる。
さっき先生が仕事をしている間に、あたしは先生と「秘密を誰にも言わない」って約束した。
だから先生は心配事がなくなって、きっと万々歳なんだろう。
あたしは凄く疲れた気がする。
泣いたから目は赤く腫れちゃったし、喉は痛いし……。
こんな顔じゃバスに乗れなかったから、送ってもらえるのは嬉しいけど、でも気まずい。


「春日は、俺が好きって言ったよな?」

「……は、はい」

「それは、今も変わらないか?」


先生は、一体何が言いたいの?
訊く理由は解らないけれど、でも一応素直に答える。


「そ、奏先生だから、どんな奏先生でも好き、です」


あたし、今日何回目の好きを言ったんだろう……。
さすがに恥ずかしい。
しかも助手席に乗ってるから、先生が真横にいるし。


「春日って珍しい奴だな」

「な!?それってどういう意味ですかっ」

「今まで俺の本性知って“好き”だなんていう女、いなかったし」

「……先生?」


時々対向車のライトで照らされる先生の表情は、哀愁が漂っていた。


「なーんてな。ほら、着いたぞ」


いつの間にか駅前に着いていて、でもあたしの身体は動かなかった。
奏先生、今のは一体なんだったの?


「ん?どうした春日」

「あ、いえ、何でもないです」

「そうか。今日は早く休めよ」

「はい」


シートベルトをはずして、車を降りる。
ドアを閉める時に、先生にもう一度呼びとめられた。


「碧」

「はい……って、え?」

「これからは碧って呼ぶことにした」

「え、どういう風の吹き回しですか」

「なんとなくだ。気にするな」

「そ、そんなこと言われても……」


ま、まさか授業中に呼ぶ気じゃ……


「授業中は“春日さん”って呼ぶに決まってるだろ」

「そ、そうですよね」


じゃあいつ呼ぶんだろう?
そんな機会、滅多にないのに。


「俺はよく進路指導室にいるから、いつでも来い。お前になら……碧になら、気兼ねなく話せるからな」

「あ、あたしはストレス発散の道具じゃありませんっ」

「じゃあまた明日な」

「……おやすみなさい」


ドアを閉めたら、奏先生の車はすぐに発進して小さくなっていった。
先生の真意は解らないけど、一歩ずつ、奏先生に近付いている気がした。








貴方の気持ちが解らない








To be continued……





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