Gift

□喧嘩のあとは
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夕方も終わりかけ、空が茜色から紫になる頃。
僕と稔(じん)はお互い言葉を発さずに帰路を歩いていた。
何も発しない理由は至って簡単で、僕たちが喧嘩をしたからだ。
最初はどっちが近所の美人なお姉さんを地域のお祭りに誘うかの口喧嘩が、いつの間にか殴り合うまでの喧嘩にまで発展して、漸く二人で迎えに行くことで和解してお姉さんの家に行ったら、お姉さんには実は彼氏がいて、その彼氏と既にお祭りに行った後だった。
僕たちはお姉さんの家の玄関の前で口をポカンと開けて呆然とするしかなかった。
そんなこんなで、僕たちは今、お祭りに行くことを諦めて二人並んで帰路を歩いているという訳だ。
僕は高校生にもなって、好きで双子の弟である稔と歩いているわけではない。
寧ろ「僕は本屋に寄って帰るから先に帰れ」って言ったんだ。
それなのに稔は「じゃあ俺も一緒に行く」とか言うから、結局寄り道せずに帰ることになった。
稔と離れるために本屋に行くつもりだったから、稔まで付いてくるんじゃ意味がないし。
僕と一緒に帰ると言った張本人は、ずっと言葉を発しない。
僕が発する理由もないから、勿論僕も何も言わないんだけど、このまま家まで帰るのは気まずすぎる。
ここは僕が折れて何か話せばいいのか?
でも今更何を話せと?


「千尋、ちょっとこっちに来い」

「え? って、おい!?」


いきなり話し掛けてきたと思ったら、急に腕を掴まれて引っ張られる。
僕は腕を掴まれたまま稔の後ろを走らされた。
同じ親から同時に産まれたとはいえ、運動能力まで同じと思われては困る。
僕は運動能力が高い稔とは違って、運動音痴なのだ。
その僕に、稔と同じスピードで走れと!?


「む、むりぃぃぃぃぃ!」

「喋るな。舌、咬むぞ」

「じゃあ止まってよっ」

「それも無理」


住宅街を通り過ぎ、僕たちはどんどん川の方へと向かう。
因みに家とは全く正反対の方向である。
今は意気消沈して早く家に帰りたいのに、一体稔は僕をどこに連れて行く気だ?


「着いたぞ」

「はぁ……はぁ……やっとか」


夜に近いとはいえ八月に全速力で走らされ、体が火照る。
僕は頬に流れる汗をTシャツで拭いながら、辿り着いた場所を見渡した。
そこは今までのように家が無く、見渡しても木々や川、草花しかなかった。
今時、こんな場所があるのか……?
僕の地元はそんなに田舎じゃないはずだけど。


「ここは俺の秘密の場所なんだ」

「秘密の場所?」

「そう。去年見つけた」

「へぇ……」


だから、どうして僕をここに連れて来たんだよ。
でもそれ以上は何も言わずに、稔は適当な草の上に座り込んでしまった。
ここからの帰り道がいまいち分からない僕は、仕方なく稔の隣に座る。
ああ、風が冷たくて気持ち良いなぁ。


「千尋、さっきは悪かったな」

「え、何が?」

「それ」


そう言いながら、稔は僕の頬を指す。
そういえば稔に容赦なく頬を殴られたんだっけ……。
でもさっき汗を拭ったときに痛みはあまりなかったから、そんなに気にしていない。
その旨を伝えたら、稔は安心したように笑った。
親も見間違えるくらい同じ顔のはずなのに、何でだろう。
稔と僕の顔は全く違うように感じる。
そう感じるのは僕だけだろうか……?


「あ、僕こそ足とか蹴ってごめんな」

「いや、千尋に蹴られたって全然痛くないから大丈夫」

「ちょ、酷い!」


どうやら、やはり喧嘩でも僕は稔に勝てていないようだ。
やはり喧嘩も運動能力の高さが影響するのだろうか?
じゃあ一生、僕は稔には勝てないな……。


「千尋」

「んー?」


半ば悲しみつつ稔を見ると、稔はまた何処かを指差していた。
今度は何だ?


『ドーン!!』


「え?」


稔の指差す方向を見た瞬間、大きな音が僕の耳に届いた。
そして、視界を色とりどりな光が輝く。
それは、大きな打ち上げ花火だった。


「うわぁ……綺麗だな……」

「口、半開きだぞ」

「う、うるさい! そういえば、花火なんか打ち上げてたっけ?」


今まで地元でこんなに大きな打ち上げ花火があったことはないはずだ。
今年から始まったのか?
それなら、何故稔は知っているのだろうか?
僕の問いに、稔は簡単に答えた。


「今年は俺も祭りの準備に参加したんだ。その時に教えてもらった」

「ふーん……え、僕は準備に参加しろって言われなかったんだけど」

「それは千尋がか弱そう……というか、か弱いから、満場一致で言わなかったからだろ」

「みんなして酷いな!」

「事実だ」


確かに僕はインドア派だから、肌色も稔に比べたら白いし、運動音痴だけど、何もそこまで……。
僕は恨めしく稔を睨んだ。


「そう睨むなよ。その詫びも兼ねてここに連れて来てやったんだから」

「え?」

「ここなら、千尋が好きな花火を何にも邪魔されることなく見れるだろ?」

「稔……」


僕の弟は、普段は口が悪くて、よく喧嘩する。
だけど、僕が落ち込んだ時や喧嘩した後には、こうやってアフターケアをしてくれる。
本当に、出来が良い弟だ。
仕方ないから、僕は稔を許してやることにした。


「今年はこの花火でチャラな」

「そりゃどーも」

「……本当に口が悪いな」

「千尋ほどじゃないけど」

「ッ〜!! 稔ッ」


僕らが喧嘩する間も、大きな打ち上げ花火は空に咲いていた。
その様はとても綺麗で、僕にとっては最高の思い出になった。




喧嘩のあとは
(綺麗な花火を見よう)



「さて、そろそろ帰るか」
「もう終わったのか……」
「そんな寂しそうな顔するなよ。また来年も連れて来てやるから」
「本当か!? 絶対だぞ!」
「はいはい」




*fin*




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