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□それは粉雪となり、
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高校一年の時から五年付き合った彼氏と別れた。
理由なんて特になく、マンネリと化した日常に終止符を打ちたかっただけ。
彼は最初こそ文句を言っていたが、やがて諦めたように私に背を向けて去って行った。
彼は素敵な人だから、自分の気分で恋人を振るような私よりきっと良い人がいる。
だから、私から振ってあげたんだよ。
きっと優しい彼は、私に厭きても「別れよう」なんて言えないから。
こんな女、別れることが出来て万々歳でしょ?
彼に別れを告げた後、私は自嘲的な笑みを浮かべて、彼の大きな背中を見えなくなるまで眺めていた。
自分の頬を冷たい何かが流れたけど、敢えてそれを拭わずに、ずっと見つめていた。
彼は一度も振り返ることなく、私の視界から消えた。




彼と別れて一晩経った朝、1Kの古びたアパートの窓から真っ白に彩られた町が見えた。
暖房器具が炬燵しかない我が家には、窓際に立つだけで寒さが身に沁みる。
一度開けたカーテンを閉めて、私は大学へ行く準備を始めた。
一限目は確か十分ほど遅刻してくる教授だったから、ゆっくり準備をしても大丈夫。
こんな寒い日に朝から大学へ行かなきゃならないなんて憂鬱だったが、行かなければ卒業出来ない。
親に駄々を捏ねて行かせてもらっている大学だ。
きちんと四年で卒業しなければならない。
……でも、この大学に行きたい理由も、今となっては無いも同然である。
何故なら、その理由というものが、彼と同じ大学に行きたいというものだから。
彼と別れた今、大学に行く理由は消えた。
それでも朝からきちんと行こうと頑張る私は、傍から見たら滑稽であるに違いない。
まあ、理由を知る人はごく僅かではあるけれども。

朝ご飯のトーストを齧り、ホットコーヒーをカップに注ぐ。
白い湯気が出てくるそれを見ていると、彼が猫舌なのを思い出す。
彼は私がホットコーヒーを出してあげると、いつも少し冷めるまで待っていた。
絶対温かいうちに飲んだほうが美味しいのにと言ったら、彼は苦笑していた。
そしていつもこう言うのだ。


『おまえが淹れてくれたコーヒーだ。冷めても美味しいに決まってるじゃん』


その度に心臓が高鳴っていたのを覚えている。
ああ、あの頃は本当に幸せだった。
でも、今はコーヒーを淹れても喜んでくれる人はもういない。
……自分で振っておいて、未練があるなんて最悪だ。
私はコーヒーを飲み干し、荷物を持ってアパートを出た。
外は見た目通り寒くて、厚着をしていても寒さが身に沁みる。
首に巻くお気に入りのマフラーに顔を埋め、アパートの階段を下りた。
道路には雪が積もり、足元が滑りやすくなっている。
夜中は降っていたようだが、今は止んでいる。
雪が止んでいるうちに大学へ向かおうと歩を進めるが――


「うわッ」


案の定、雪で足が滑り、私はそのまま尻餅をつくはずだった。
だけど、誰かに支えられたことにより私が尻餅をつくことは無い。
背中に温かさを感じて、私は背後を仰ぎ見た。
そこには、五年間ずっと隣にいた見覚えのある顔があった。


「ったく、相変わらず危なっかしい奴だな。大丈夫か?」

「……どうして、いるの」

「いちゃ悪いか。俺もこのアパートの住人なんだが」

「え?」


ゆっくりと体勢を戻してもらいながら、彼と向かい合う。
彼は寒さで赤くなった鼻を掻きながら、私をしっかりと見た。


「どうしてもおまえといたくて、引っ越してきた」

「……ストーカー?」

「ち、ちげーよ! 俺は、その……」


急に黙り込む彼に、私は首を傾げるしかない。
どうして彼が目の前にいて、しかも同じアパートに住むことになっているのか、今の私には全く理解出来ない。
せっかく、諦めることが出来たのに、どうして現れるの?
私は、貴方を想って別れたのに。
よりにもよって、別れた次の日なんかに現れないでよ。
目頭が熱くなって、それを彼に見られないように俯く。
彼はそんな私の頭に手をポンッと乗せた。


「本当は昨日、引っ越すことをおまえに言おうと思っていたんだ。でも、いきなり別れるとか言うし、驚かせるつもりがこっちが驚かされたよ」


苦笑しながら、彼は話を続ける。
私は静かに彼の話を聞くしかない。


「昨日はおまえに何を言っても無駄だと思ったから帰ったけど、でも俺はおまえを諦めた訳じゃないから」


ダメだ。
頬が熱くなっていく。
彼の言葉が、私の凍った心を融かしていく――


「俺のために、自分を犠牲にしないでくれ。俺を想ってくれるなら、離れるんじゃなくて、一緒にいて頑張ってくれ」


彼が私を抱き締めた。

彼は、私が別れた理由を判っていた。
そう、私はマンネリと化した日常を嫌って彼と別れた訳ではない。
ただ、彼には私なんかよりももっと似合う人がいるから、ただこれだけのために別れた。
私といたら、彼は自由に何も出来ない。
彼を好きだから、彼を想っているから、私は別れようと思った。

彼の服を弱々しく握って、私は彼に問うた。


「どうして、判ったの?」

「昨日、俺が帰った後、おまえが泣いてたから。少しは俺を振ったことを後悔してくれてるかなと思って戻ってみたら、めちゃくちゃ後悔してくれてるじゃん。だから、こいつはまだ俺のことが好きでいてくれてるんだって思った」


自信満々に、彼は笑った。
そんな自信過剰な彼に、思わず私も笑うしかない。
そうだ、彼はこんな人だ。
人の心に敏感で、だから凄く優しくて、私には勿体ない人。
そんな人と今、私は向き合っている。
こんな私だけど、これからもこうやって笑い合ってていいのかな?


「良いに決まってるじゃん」

「ッ!?」


驚いて瞳を丸くしながら彼を見ると、彼はニコッと笑っていた。
まるで、本当に私の心を読んだようだ。
呆然とする私を尻目に、彼は私の手を引いて白い道を歩き出した。
私はまた転ばないように、慎重に歩き出す。
彼は私の歩に合わせるように、ゆっくり歩いてくれた。
それが嬉しくて私が彼の手を少し強く握ると、彼も同じように握り返してくれる。
私は微笑してから、頬に何か冷たいものが当たったので空を仰ぎ見た。




曇天から、真っ白な粉雪が舞っていた。
それはまるで、私の心を表しているようだった。




それは粉雪となり、
(私の心に降り積もる)





タイトルが意味不明で申し訳ないです。
内容的には、優しいからずっと自分と付き合ってくれている彼に対して、彼のことが好きだからこそ敢えて別れようと決めた女子大生の話ですね。
まぁ彼は危ない行動を起こしてますが(隣に引っ越すあたり/笑)、彼女が好きだから付き合っていたわけですよ。
別に優しさから仕方なく付き合っていたわけじゃないのです。
最終的には復縁した二人ですが、今後どうなるかは不明です(←
そこは読者の皆様にお任せします。
因みに、個人的には粉雪=彼への好きな気持ちで書いてます(解りにくい…)

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