Short

□恋は駆け引き 後編
2ページ/5ページ





「お、今日もまた来たんだな」

「先生が来いって言ったんじゃないですか」

「だからって毎日来いとは言ってないぞ」

「……だって、奏先生に逢いたいんだもん」


膨らませた頬を赤く染めながら、碧は小声で言った。
独り言のつもりだろうが、俺にははっきりと聞こえた。

一週間ほど前だろうか。
俺が副担任をしているクラスの女子生徒、春日 碧に本性がバレた。
バレたものは仕方ないし、俺も本性を隠し続けてストレスが溜まり始めた頃だったから、話し相手として碧を選んだ。
惚れた弱みか、本性を秘密にするという俺との約束はしっかり守っているようだ。
一週間たった今でも、俺の悪い噂は流れていない。
つくづく女ってのは惚れた男に弱いんだな。
……まぁ俺も他人のことは言えないか。

最初は本当にヤバいと思った。
本性がバレてしまい、内心焦っていて、冷や汗が背中に流れていた。
だから本性を敢えて出し、碧を逆に脅して黙らせようと思った。
だが、あいつの涙を見た瞬間、何かが違うような気がした。
本当にこのまま脅すだけでいいのかって、もう一人の俺が言ったような気がしたんだ。
そして気付いた時には、俺は碧の手首を握っていた。
いつの間にか碧を送るとまで言っていて、正直自分がよく解らない。

さっきの独り言は聞こえなかったふりをすることにした。
もし聞こえてることがバレたら、絶対怒るだろう。


「ん?よく聞こえなかった。もう一度言え」

「聞こえなかったなら別にいいです。あ、そうだ。先生、ここ教えてください」


受験生であるのに加えて、元々から比較的真面目な碧は、進路指導室で勉強をしている。
今日は俺の担当でもある数学をするらしい。
……それにしても、随分とあっさり話すようになった。
あの日の翌日なんか、一応進路指導室には来たものの、殆ど無言で帰った。
一応遅くなったから送ったが、その時も終始無言だった。
一週間で肝が据わったのか?


「ここは微分を利用して……」

「なるほど。ありがとうございます、奏先生」

「あぁ。数学なら教えてやれるから遠慮なく訊けよ」

「はい」


あ、微笑んだ。
最近は、ようやく本性がバレる前の頃のように笑うようになっていた。
しばらく俺に恐怖心を持っていたからか、なかなか笑ってくれなかった。
……って、なんで碧に笑ってほしいんだ、俺は。
問題集に打ち込んでいる碧をこっそり横目で見ながら、俺は自分の仕事を淡々とこなす。


「奏先生」


問題を解いていた碧が、急に話しかけてきた。
俺は明日使う予定のプリントを作成していて、目をパソコンから離さずに返事をする。


「また解らない問題でもあったか?」

「いえ、そうじゃないんです。……やっぱりいいや。仕事の途中に話しかけてすみません」

「碧……?」


思わず気になってパソコンから目を逸らして碧を見る。
碧は帰り支度をして、パイプ椅子から立ち上がっていた。


「あたし、もう帰りますね。奏先生はしっかり戸締りをして帰ってくださいよ」

「んなこと分かってる。気を付けて帰れよ」

「はい。……奏先生」

「なんだよ、さっきから。言いたいことがあるならはっきり言え」

「……明日、あたし休むかもしれないので、休んでも心配しないでくださいね」

「俺に心配してほしいのか?心配しねーけど」

「酷い!……じゃあまた来ますね」


いつもとは違う、暗い微笑を残して、碧は出て行った。
なんだ、これ。
何かあったのか?
何で休むなんて言うんだよ。
俺の頭の中はさっきの碧の言葉でいっぱいで、結局プリントが仕上がったのは日付が変わる頃だった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ