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□The Same Wish
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「なぁ広司、当番代わって」


そう言われたのは、明日から夏休みが始まるという日のことだった。

僕は友人である彼に目を向け、嫌だとはっきり言った。

言ったのに、彼はこう言ったんだ。


「サンキュー! んじゃ、おれは早速佐依ちゃんとデートに行って来るから。またな」


僕は嫌だと言ったのに、どうして当番を代わらなきゃいけないのだろうか。

っていうか、佐依ちゃんって誰だよ。

僕は彼女が出来たなんて聞いてないぞ。

僕のそんな考えなんかお構いなしに、彼は走って教室を出て行った。

……いつまでも文句を言っても仕方ない。

僕は諦めて当番の仕事をしに行った。




当番というのは、ウサギ小屋の掃除と餌やり、そして水換えのことだ。

黙々と集中して作業をすれば、小一時間程度で終わる。


「別に、これを終わらせてからデートに行けばいいのに。しかも明日から夏休みだぞ? これから約四十日間、いつでも行けるじゃないか」


こんな独り言を言いながら、黙々と作業を続ける。

そして、後は餌やりを残すのみとなった時、その声は突然聞こえた。


「ホント、あたし達のことをどう思ってるのかしらね、あの少年」


……今、ここには僕とウサギ達しかいないはず。

まさかと思うけど、ウサギが喋るはずないし、一体何が起きて……


「それに比べてキミは良い子だわ。いつも綺麗に掃除してくれるし、丁寧だし。ありがとう」

「……どういたしまして?」

「あら、もしかしてあたしの声が聞こえてるの?」

「は、はい」

「そんなに畏まらなくてもいいわよ。ホント、キミは良い子だわ」


僕の足元から聞こえてくる声は、大人っぽい女の声だ。

でも、僕の足元には、勿論ウサギ達しかいない。

こ、これはもしや、夢なのか?

夢なら覚めるな! 僕は一度動物と話してみたかったんだ。


「ねぇ、キミ。お名前は?」

「ぼ、僕は広司っていいます」

「広司くん、か。あたしはここの小学生達にシアって呼ばれてるの」

「え、シアなの?」


シアと呼ばれているウサギは、確かここのウサギ達の最年長のはずだ。

どのウサギよりも長く生きているから言葉が話せるのだろうか?


「そうよ。それよりも広司くん。キミはあたしの声が特別に聞こえるみたいだから、この際色々言ってもいいかしら?」

「ど、どうぞ」


シアは普段不満に思っていることを僕に話した。

三組の佐藤くんの掃除は下手くそだの、一組の鈴木さんが与える餌は大きすぎて食べにくいだの、その他諸々。

ウサギも結構、苦労しているんだね……。


「あー、すっきりした! 聞いてくれてありがとう。こっそり彼らに注意してくれると嬉しいな」

「話したことがない人ばっかりだけど、頑張って言ってみる」

「ふふふ、ありがとう」


ウサギの表情はよく分からないけれど、微笑んでいるような気がした。

……それにしても、ウサギと話している僕って、かなり変なヤツだよね。


「広司くん。残念だけど下校時間よ」

「え?」


よく耳を澄ますと、確かに下校時間を知らせる音楽が流れていた。

ヤバイ、もうすぐで門が閉まっちゃう!


「あ、あのさ!」

「ん? どうしたの?」

「明日も話せるかな……?」


どうせ夢だろうけど、一応聞いてみる。

すると、シアは嬉しそうにこう言った。


「勿論よ! 大歓迎だから、明日もいらっしゃいな。ただし、一人で来るのよ」

「うん! じゃあまた明日」

「気を付けて帰ってね」


僕は近くに置いていたランドセルを背負って、急いで門まで走った。

どうにか閉門時間までには間に合って、僕はその日、ウキウキ気分で帰った。

そして翌日、その日の当番の子(夏休みも毎日当番が決まっている)が帰った後、僕はウサギ小屋に行った。


「シア……。シア?」

「約束通り、一人で来たのね。偉いわ」

「うん、ありがとう。今日は僕の話を聞いてもらいたいな」

「いいわよ。どんな話かしら」


僕はその日あったことや、今まであったことについてたくさん話した。

シアはそれをずっと聞いてくれていた。


「話を聞いてくれてありがとう、シア。たとえ夢でも嬉しいよ!」

「あら、夢じゃないのに」

「でも、ウサギは喋らないし……」

「こんなに長くてリアルな夢があるのかしら?」

「それはそうだけど……」

「ねぇ広司くん。あたしは本当にキミに感謝しているの。だからお礼を言わせて」


シアは赤い瞳で僕をじっと見つめた。

僕は照れくさくなった。


「お礼なんていいよ。昨日も言ってもらったし」

「そんなわけにはいかないわ。本当にありがとう」


シアは小さな身体で僕に飛びついた。

僕は慌ててその身体を抱きとめる。


「ど、どうしたの? シア?」

「あたし、キミのことは絶対忘れない。だから、キミも忘れないでね」

「当たり前じゃん! 僕はシアが大好きだし、こんな体験忘れたくても忘れられないよ」

「……そうね。ありがとう。さぁもう時間よ。お帰りなさい」

「あ、本当だ」


遠くで音楽が聞こえる。

あぁ、もう帰らなくちゃいけないのか……。


「シア、明日も話せる?」

「……明日は無理なの。ごめんなさい」

「そうなんだ……じゃあ明後日は?」

「…………」

「シア?」


シアの顔をよく見ようと、僕の顔を近付けた時だった。


「こら、広司くん! どうしてここにいるの?」


担任の先生が、僕の姿を見つけてしまった。

僕は謝りながら、慌ててシアの身体を離した。


「もう下校時間よ。早く帰りなさい」

「は、はい。先生、さようなら」


僕はそれ以上怒られるのが嫌で、走って帰った。

またシアと話せることを思いながら。

でも、それは叶わなかった。




次の日。シアは死んでいた。

先生の話によると老死だったらしい。

もしかして、シアは死ぬ間際に、一つだけ願いを叶えてもらったのだろうか?

人間と話したいという願いを――。


『あたし、広司くんと話せてよかったわ』

『どうして?』

『念願の願いが叶ったんですもの。一度でいいから人間と話してみたかったのよ』

『へぇ。じゃあ僕もそうだ』

『そうなの?』

『うん。僕も動物と話してみたかったんだ』

『ふふふ。あたし達って似たもの同士ね』




シア、僕はキミのことを絶対忘れないよ。




The Same Wish
(僕たちは同じ願いを持つ似た者同士だった)





動物好きで純粋な小学生と一匹のウサギのお話。
動物と話してみたいと思ったのがきっかけで書いた話です。
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