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□空の向こう
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彼女はいつも空を見ていた。
僕にはどうして彼女が空を見ているのか解らなかった。
だけど、空を見る彼女の瞳が空と同じ色をしていたことは確かな事実で。
僕はそれだけしか知らなかった。
本当に、それだけ……。




「ディス! 一体いつになったら使えるようになるんだい!?」
「んなの俺が知りてーよ」
「ったく、さっさとおやり」
「はいはい。解ってるっつーの」

母親に急かされつつも、俺は魔方陣を徐に描く。
集中していないと描けないのは魔法師として致命的なのは解っているが、カス魔法が出るよりマシだろ、な?

「……水の力、《Eau》」

俺の詠唱と共に、俺を囲むようにして水が地面から噴き出した。
おぉ、いつ見ても不思議だぜ。

「はぁ……低級魔法にこれだけ時間食ってちゃ、いつまで経ってもあの子には追いつけないよ」
「うるせーババァ」
「ババァとはなんだいババァとは!?」

刹那、素早く詠唱して焔を俺に向かって噴き出した!
あのババァ、息子を殺す気か!?

「いきなり火ィ噴くなッ」
「ハンッ、どうせ避けられるんだろ? ディスは逃げるのだけは早いからね」
「俺を臆病者みたいに言うなッ」
「おや、臆病者じゃないのかい?」
「む、ムカつく……!」

だが、ババァの言うことも確かだった。
俺は、あの日、逃げることしか出来なかった。
彼女が目の前で闘っているのに、俺は何もすることができなかった。
女独りに闘わせて、ましてや女に護られて男が廃るって思ったのに、俺の身体は動かなかった。
だから俺は、今まで逃げてきた“魔法師”という運命と向き合った。
彼女を護れるように――

「ディス、アンタは魔法師の一族の長であるあの人の一人息子なんだ。アンタなら出来る。そう思っていたのに……全く、アタシを超えられないんじゃ話にならないよ」
「さっきからうるせーな……。俺はその言葉は聞き飽きたんだよ」
「じゃあこれならどうだい?」

と言いつつ、ババァは何か詠唱し(また魔法使うのかよ)、人差し指を地面へと擦った。
それと同時に現れるのは文字。

「って、文字にして同じ言葉を書くんかい!?」
「ハハハハハ。悔しかったらアタシを超えてみな!」

まるで母親とは思えない言葉を残して、ババァは出て行った。
くそ、いつか絶対ババァを超えてやる。

「ディスベール」

背後からか細い声がした。
この声は……

「アリー、見てたのか?」
「……うん。頑張ってるみたいだね」
「同情は止めてくれ。惨めになるだけだ」
「ご、ごめん……」

アリーは、独りで闘い、俺を護り、そして空と同じ瞳を持つ彼女その人だ。
俺は、彼女を護るためにここまで修業してきた。
だが、未だにアリーの方が何倍、いや何十倍も強い。
男なのに、俺って情けないよな……。

「でもね、ディスベール。ディスベールは本当に頑張ってるんだよ。だから自信を持って」
「まだ俺、低級魔法、しかも水しか出せないんだぜ? 俺、大丈夫か?」
「大丈夫。だからこれからも頑張ろう?」

アリーは空色の瞳を細めて笑った。
俺より強い彼女は、俺よりも細く、俺よりも幼い。
そんなアリーを、俺が護れるようになるのはいつだろうか?

「アリー、練習に付き合ってくれないか?」
「勿論付き合うよ!」

ふと見上げた空は、やっぱり青空だった。




「あ、あなたはいつも空を見てる人……」
「キミ、大丈夫? 立てる?」
「う、うん。でもお姉さんは血だらけ、でッ」
「男の子が泣かないの。大丈夫。私はすぐ治るから」
「すぐ治る……?」
「うん。そうだ、キミに託そう」
「え……何を?」
「これからの私の運命を」
「う、うんめい?」
「そうだ。私は今から赤子に還る。私が生きるか死ぬかはキミに係っている」
「……へ?」
「男の子なら、女に護られたことを恥じて生きろ。そして今度は護り返せ。それが男のプライドってものだろう?」
「う、うん?」
「ふふふ、よし、ではまた逢おう――いや、それは可笑しいな。もう私であって私ではないのだから……次は、キミにお似合いの少女になることを祈ろう」




そして、僕――俺と、彼女――アリーは出逢った。




『繋がりは空の色』




「あ、そこ間違ってるぞ、キミ」
「!? あ、アリー?」
「え、どうしたの? ディスベール」
「い、いや何も……(たまにあのお姉さんっぽい部分が出るんだよなぁ)」

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