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□恋はジェットコースター
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「あぁ次は俺らの番じゃねーか……」
「大学生にもなって、ジェットコースターでビビるなよ」
「うるせー。どうぜ俺はビビりだよ」
何の因果か、どうやら乗るグループの一番前になったらしく、強制的に係員のおばさんによって一番前の列で待たされた。
目の前で、前のグループが乗るのを見なければならないのか。
というか、まず此処にいる事態が俺からしたら奇跡だぞ。
こんな高い所二度と上るまいと誓ったのに……!
「それではいってらっしゃいませー!」
お姉さんの声と同時に、ガコンという音がした。
と思ったら刹那、目の前に居たジェットコースターが消えた。
へ?
消えた?
俺は思わず、後ろにいた稲森を見た。
稲森は呆れたように俺を見返す。
「馬鹿、消えたんじゃなくて、凄いスピードで出発したんだよ」
稲森の答えに、俺は納得した。
でも、俺が乗ることには未だに納得してないからな!
遠くからキャーとかワーとか聞こえる度に足が震えるのが判る。
怖くないとか誰が言った?
俺にとっちゃ、こんな場所がまるで富士山の頂上にいるぐらいの高さに思えるんだぞ。
これは決して大袈裟じゃないからな。
高所恐怖症の人間を、何故ジェットコースターに乗せる?
稲森は本当にれーこくだいまおー。
「我が友よ、俺たちの番が来たぞ」
「……ごくん」
「いや、わざわざ唾を飲む音を言わなくていいから。汚ねーし」
「こうでもしないと生きていられねーんだよ!」
「ったく、大袈裟だな」
「次の方どうぞ!」
後ろからおばさんが急かしてくる。
早く乗らないと迷惑なのは解っている。
だけどもう少し時間をくれてもいいじゃないか。
「ほら、早く乗れ」
ツン、本当にツンって稲森が俺を押した。
それで俺は思わず倒れそうになる。
なんとかそれを持ち堪えて、俺はゆっくりと座席に座った。
続いて稲森が俺の隣に座る。
良かった、本当に乗るんだな。
俺だけ乗せて自分は乗らないのかと思った。
そこまで冷酷じゃないんだな、稲森。
「皆さーん! ジェットコースター、天の川へようこそー! ここでは、まるで彗星のごとく皆さんを宇宙へとご案内しますー」
彗星のごとく、ね。
それって俺に宇宙の藻屑になれって言ってませんか?
俺、まだ死にたくないんですけど。
「私が言う通りにしてくださいねー。そうじゃないと宇宙に取り残されてしまいますよー」
アハハハハとか稲森や周りの客が笑うのが聞こえる。
何でお前らはそんなに笑う余裕があるんだ。
手汗を拭くためにジーパンでゴシゴシとしていたら、稲森に手の甲を叩かれた。
何故?
「まずは黄色い安全レバーを下ろしてくださいねー。係員がちゃんと下りているかどうかチェックしますよー」
震える手で黄色い安全レバーを下ろす。
ちゃんと固定されたのか?
もう動かないか?
マジで不安なんですけど。
「あら、お兄さん大丈夫ですかー?」
「へ?」
いつの間にか、さっきまでアナウンスしていたお姉さんが横に来ていた。
さっきまでお姉さんを見る余裕なんか無かったから、初めてお姉さんの顔をまじまじと見る。
な、なんか美人なお姉さんだ。
あまりにじっと見すぎたからか、稲森が俺の頭を叩いた。
地味に痛い。
「あんまりじろじろ見るな。お姉さんが困ってるだろ」
「す、すんません」
「あはは、いいですよー」
お姉さんがニコッて笑った。
さっきの稲森の微笑とは違う温かい笑み。
なんだろう、凄く癒される。
ふとお姉さんの名前プレートが目に入った。
名前……きもと、鬼本さんっていうんだ。
うわぁ、顔と名前のギャップが激しすぎる……。
「次は腰の辺りにあるシートベルトを締めてくださいー。締めましたかー? では次は楽しみ方を言いますねー。上級者にオススメは脚をクロスさせて両手を上げ続ける方法ですよー。そうそう、そんな感じですー」
そんな無茶苦茶な!
俺にはそんな高等技術は無理なので、がっしりと安全レバーを握り締める。
やべ、手汗で上手く握れねーよ。
「お兄さんは思いっきり初心者の方法ですねー」
「へ?」
またもやいつの間にか鬼本さんが横に来ていた。
しかも俺の握り方をわざわざアナウンスした!
ちょ、俺一番前だから誰も気付かないと思ってたのに!
気付かれても稲森だけだと思ってたのに!
俺は恥ずかしくなった。
だからつい叫んでしまった。
「どうもー! ジェットコースター初心者の大学生でーすっ。皆さんよろしくー!」
あれ、俺、一体何を言っちゃってるの?
もっと恥ずかしいじゃねーか!
「お兄さん、本当に面白い方ですねー。ふふふ、こんなお客様、初めて会いましたー」
大きな瞳を細めて、鬼本さんは笑った。
なんか、胸がキュンとするのは俺の気のせいですかね?
恥ずかしさなんか吹っ飛んだぞ。
「では皆さーん、準備はいいですかー?」
今更ながら、俺はジェットコースターに乗ってるんだなぁって思い始めた。
色々あったが、鬼本さんに逢えたのは良かった気がする。
それだけは感謝するぜ、稲森!
「おい、我が友よ」
「稲森、その言い方いい加減止めろよ。鬱陶しい」
「いいから聞け。お前、あのお姉さんに惚れただろ?」
「な、何故それを知っている!」
「お前は解りやすいからな。それで、だ」
稲森は一度チラリと鬼本さんを見て、それから俺を見た。
なんだ、今から何かあるのか?
そしてお前は何気に上級者の座り方なんだな。
「お前さ、せっかくジェットコースターの一番前を陣取ってんだし、この際ついでに告っちまえ!」
阿呆だこの人!
何を言うのかと思えば、ここで告白しろだと?
頭おかしいんじゃない?
「お前知らないのか? 某『近畿地方の子供』の三枚目のシングルにして、まさに今のお前にピッタリの曲を!」
「……確かに、今ジェットコースターに乗ってて、まさにタイトルと合致してますけど? でもあれってジェットコースターみたいに恋が急上昇したり急降下したりいろいろあるって意味じゃ」
「んな真面目なことを今更言うなよ」
「えー……」
稲森、それは無茶苦茶だ。
それに今まで俺は真面目なことしか言ってなかったんだが。
「こうなったら出発する時に思いっきり叫べ! その時だったら皆聞こえないはずだ」
「それってお姉さんも聞こえなくない?」
「お姉さんはジェットコースターに乗ってないから聞こえるさ。腹を括れ、我が友よ!」
なんか意味が解んない方向に向かっている稲森は放っておいて、でもそんな告白もいいかもな……。
ちょっとロマンチックじゃね?
「出発する前、ちょっとだけジェットコースターが後退するから、その時がチャンスだ!」
「え、それって皆に聞こえる」
「動いた!」
「それではいってらっしゃいませー!」
徐に後退し始めるジェットコースター。
待て、また誰も待ってくれないのか。
俺は鬼本さんに告白する勇気も、ジェットコースターを乗り過ごす勇気もまだ準備してないんだぞ?
そんな俺の気持ちを知っているのか知らないのか(絶対前者だと俺は確信しているが)、稲森が隣で言った。
「今だ、我が友!」
こんな時までその呼び方かよと心の中でツッコミながら、俺は思いっきり叫んだ!
「――――!」
俺の意識は、そこで一旦途切れた。