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□強くなりたい
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「隆久くん、おはよう」
「……はよ」
「あれ、もしかして隆久くんって低血圧?」
「ん、みたいだな」
あれから、俺は実優とあまり変わらぬの毎日を過ごしている。
あの日、親父と向き合う決心はしたものの、結局何も出来ていない。
一応この前の見合い話はなんとか阻止したが……。
今まで以上に俺と話す実優に、周囲は驚いていた。
……いや、この場合、他人と仲良さ気に話す俺の方が珍獣扱いか?
今まで特に決まった人間と話してなかったからか?
「でも意外だなぁ。隆久くんって、どっちかって言うと高血圧なイメージだったのに」
「それはどういうことだよ、実優!」
「あはは、ごめんってば! キャー!」
実優の頭をぐしゃぐしゃにしていると、周りからの視線を感じた。
何だこれ、かなり痛てーんだけど。
もしかして、実優って実は人気者とか?
周囲の視線に実優も気付いたのか、笑顔を引っ込めて、一歩俺から離れた。
それと同時に、視線は徐々に消えていった。
何だったんだ、あれ?
「隆久くん、また放課後ね」
「おう。またな」
あの日出逢った公園で、今でも俺らは放課後に会っている。
所謂放課後デートってやつだ。
俺は普通にデートすればいいのにって言ったが、実優は目立つからあの公園でひっそりと会いたいと言っていた。
確かに俺は目立つし、一緒に登下校とかしてたら周囲がうるさいだろう。
実優には迷惑ばっかり掛けてるな……。
「斎藤くん、今のって仁科さんでしょ? 仲、良いんだね」
クラスメイトで俺によく媚びを売ってくる女が訊いてきた。
あー、コイツもしつこいな。
クラス中、学校中に俺と実優が付き合っていると言いふらしたい。
だが、これ以上実優に迷惑は掛けられない。
俺は適当に返事をして、その場を凌いだ。
それが、後から事件を引き起こすと知らずに――。
放課後、いつもの時間になっても実優は来なかった。
いつもなら俺より先に来て、俺を笑顔で迎えてくれるのに……。
もしかして、実優に何かあったのか?
暫く公園のベンチに座っていると、執事の一人が俺の目の前に居た。
あれ、コイツいつの間に来やがった?
「隆久さま、学校が大変なことになっているようです」
「はぁ? 大変なこと?」
「はい。何でも、一人の女子生徒を囲んで――隆久さま!?」
執事が何か言い終わる前に、俺は走り出していた。
胸騒ぎがして仕方が無い。
一人の女子生徒、そして俺が関係する人物――実優しかいねーじゃねーか!
全速力で走り、学校へと引き返す。
やがて見えてきた学校の昇降口を土足で駆け上がり、教室へと急ぐ。
教室の扉を開けた俺が見たのは、円になったクラスメイトの中心で蹲る実優の姿だった。
俺は激昂し、周りのざわつきなんか気にせずに実優に駆け寄る。
「実優! 大丈夫か!?」
「た、隆久くん」
実優の瞳には、涙が浮かんでいた。俺は血が全身を駆け巡るのを感じた。
今の俺は、怒りしか感じていない。
実優をしっかりと腕で抱き締めて、俺は周囲をギロリと睨んだ。
これでも喧嘩は負け無しだ。
俺と喧嘩をしようと思う奴なんかいない。
だが、一人の女が、俺に話しかけてきた。
「斎藤くん、どうしてそんな普通な女を相手にするの? あたしなら華族の末裔よ? 斎藤くんを満足させられると思うけど」
「うるせー!」
俺の怒鳴り声に、女はビクッと肩を震わせた。
普段は女に対して怒鳴らないが、今はそんなこと関係ねー。
俺は大人数で一人を囲むコイツらが気に食わねーんだ!
「俺は別に家柄とか関係ねーんだよッ。お前らなんか消」
「隆久くん!」
実優の声で、俺は冷静さを取り戻した。
腕の中の実優を見ると、実優は泣き出していた。
「隆久くん、私のために怒ってくれてるのは解るよ。でも、酷いことを人に言っちゃダメ。隆久くんが、そんなこと言うの、聞きたくないよ……」
そこまで言って、実優は気絶してしまった。
多分、今まで緊張していて、そして急に緊張の糸が解けたのだろう。
ぐったりと俺の腕の中で眠る実優を横抱きして、俺は立ち上がった。
周りの人間はそれを静かに見る。
俺はコイツらを睨み付け、最後に言ってやった。
「二度と実優に近付くんじゃねーぞ! 今度こんなことがあってみろ。俺はお前らを社会的に抹殺してやる」
それから俺は学校を後にし、家には行けないからいつもの公園に行く。
ゆっくりとベンチに実優を下ろし、俺はそっと実優の頭を撫でた。
俺に力が無いから、実優を護れなかった。
俺が実優を護らないといけねーのに……。
「……くそっ」
自分の膝を叩くと、その手をそっと実優が握っていた。
「実優……」
「自分を責めないで、隆久くん。私、言ったよね。私は、隆久くんと一緒にいたい、隣にいたいから、ちゃんと向き合うって。それは、隆久くんのお父さんに対してだけじゃないんだよ」
実優は起き上がると、微笑んで俺をぎゅっと抱き締めた。
「だから、自分を責めないで、隆久くん」
「……あぁ。ごめんな、実優」
俺は実優を抱き締め返した。
実優の身体は華奢で、強く抱き締めたら折れてしまいそうだった。
でも、俺はしっかりと実優を抱き締めた。
もう、こんな目に遭わせないために、俺は強くなろうと決めて――。
『愛する君のために』
「どうすれば、俺は強くなれる?」
「え、隆久くんは充分強いよ」
「喧嘩は強いけどよ、精神的に弱い気がする」
「……じゃあ私がずっと傍にいる。そして、隆久くんを慰めてあげる。だから、これ以上完璧にならないで」
「ありがとな、実優」