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□嘘吐きの日
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四月一日。
嘘吐きが急激に増加する日。
通称エイプリルフール。
あたしはこの日が大嫌いだ。

何故なら、アイツが話し掛けて嘘を吐くから。
アイツの嘘は尋常じゃなく性質が悪い。
だから、アイツが嘘を吐くこの日が嫌い。

「雪絵ちゃん、愛してますよ」
「…………」
「雪絵ちゃん、俺はキミを愛してます」
「……知らない」
「おや、照れてますね」
「照れてません」
「ふふふ、雪絵ちゃんは嘘吐きですねぇ」

電車で隣に座るアイツが、私の顔を覗き見る。
見るな見るな見るな。
顔が熱を持つのが、嫌でも解る。
アイツにバレないようにしなきゃ。
じゃないとアイツが調子に乗る。

「ほら、やっぱり照れてる。雪絵ちゃんは嘘吐きです」

いつも乗る電車でいつの間にかあたしの隣に座り始めたアイツは、どんなに他の席が空いていてもあたしの隣に座る。
隣には座るが、話し掛けはしない。

でも、今日――四月一日、毎年この日だけは話し掛けてくる。
アイツのテノールボイスで囁かれるのは、あたしへのあ、愛(恥ずかしい)

何故この日に限ってそれを言うのか、あたしは理由を知らない。
でも、この日ならば何を言っても許されると思って言っているのだろうと勝手に解釈している。
というか、他に理由が思いつかない。

「雪絵ちゃん、今日は雪絵ちゃんの誕生日を教えてください」

アイツは四月一日にしか話し掛けてこないから、いつもこの日にあたしに対して質問をしてくる。
初めて出逢った一昨年のこの日には名前を、昨年は年齢を、そして今年は誕生日を訊くらしい。

どうせ訊くなら一気に訊けばいいものを、アイツは一つずつしか質問しないし、あたしの質問には答えない。
だからあたしは未だにアイツの名前さえ知らないのだ。

そう考えたらなんだか無性に苛々して、あたしは質問に答えないことで反抗した。

「…………」
「…………」

ちょっと、何か話しなさいよ。
この無言がツラい。
早く目的の駅に着いてほしいのに、その駅は終点でだから一向に着く気配はない。

あたしは一度大きな溜め息を吐いて、仕方なく質問に答えることにした。
仕方なくだからね!

「あたしの誕生日は……四月一日、今日」
「……本当ですか?」
「あたしを疑うの?」
「いえ、だって今日はエイプリルフールですし」
「本当だから。っていうか、いつも嘘を吐いてるのはそっちじゃないですか」

あたしの言葉に、アイツは瞳を丸くした。
おぉ、珍しくアイツが戸惑う表情を見た。
貴重だね、うん。

「俺がいつ嘘を吐きましたか?」
「毎年、四月一日に吐いてるじゃないですか」
「…………」

アイツは一度考える仕草をすると、何か思いついたような表情をした。

「あぁ、もしかして俺が四月一日にしか話し掛けないからそんなこと言うんですか。淋しかったんですね」
「そ、そうじゃなくて!」
「でも、すみません。俺、今日しか話せないんですよ」
「へ?」

驚くあたしの顔が相当間抜けなのだろう。
アイツは綺麗な顔でクスクスと笑った。

「雪絵ちゃんは、覚えていますか? 俺と初めて逢った日のことを」
「う、うん」

あれは衝撃的だった。
アイツが電車の長椅子の端に座っていたから、あたしは仕方なくその隣に座った。
他に席は空いてたんだけど、その席が駅の改札に一番近い場所だったし。

そしたら何故かアイツは驚いた顔をして、あたしに話し掛けてきたんだっけ……。
結局、一時間近く隣にいたのに、訊いてきたのは名前だけだったけど。

勿論この日は、四月一日。
今から丁度二年前の話だ。

「実はあの日、俺は初めてこの電車に乗りました。……幽霊になってから」
「…………はぁ!?」
「ふふふ、信じられませんか」
「当たり前じゃない! だってアンタ普通に喋ってるし、足はあるし、ちゃんと存在してるし」
「でも、他の人には見えてないんですよ? その証拠に、俺はよく変なおっさんに上から乗られます」

そ、想像しただけでも気持ち悪い話だ。
上からおっさんが乗ってくるなんて……!!

「誰にも見られてない、そんな悲しいときでした。雪絵ちゃんが俺を見て、俺の隣に座ってくれたんです」

あの時の驚きはそれだったのか。
そう考えると、確かに全てに納得がいく。

アイツはあたしの隣に誰かが座ろうとすると、いつも席を譲っていた。
それなのに誰もお礼を言わないから失礼な奴ばかりだなと思っていたんだけど、見えてないなら話は別だ。
そこはただの空いている席でしかないのだから。

「雪絵ちゃんが俺を見てくれたのが嬉しくて、次の日も話し掛けようとしました。でも、声が出なかった。それは何日も続き……気付けば一年が経っていました。それで気付いたんです。俺が話せるのはこの日だけだと」
「……じゃあ、どうしていつも質問は一つなの?」
「他に言いたいことが沢山あるからです。時間は限られています。でも、一つずつでも良いから雪絵ちゃんのことが知りたくて……。だから、質問は一つにして後は愛を囁く時間にしました」
「あ、愛は余計よ!」
「また照れてますね」
「照れてないって!」

あたしがそう言えば、アイツは綺麗に微笑した。
うぅ、悔しいけど恰好良い。

「でも雪絵ちゃんの誕生日が今日とは……これは運命ですね」
「どこが。たまたまでしょ」
「いいえ。運命ですよ。出逢ったのもこの日ですし、俺がこうして話せるのも今日だけですし、それに……」
「?」

アイツはまた、ふふふって笑ってあたしを見つめた。

「俺の誕生日も今日ですから」
「……嘘でしょ」
「俺は雪絵ちゃんに一度も嘘を吐いたことはありませんよ」
「だ、だって今日はエイプリルフールだし」
「一日しか話せないのに、嘘なんか言ってられません」

ダメだ、このままじゃアイツのペースに呑まれる。
絆されてしまう……!

でも、もうそれは遅かった。
あたしは、アイツのペースに呑まれていた。

「……じゃあさ」
「何ですか、雪絵ちゃん」
「アンタの名前、教えてよ。嘘、吐かないんでしょ?」
「……はい。勿論です。俺の名前は――」

四月一日。
通称エイプリルフールと呼ばれるこの日。

あたしはアイツと出逢い、アイツと話し、あいつの名前を知った。




『それは運命の日』




「で、何で生きてるのアンタ」
「それってまるで俺に死んでてほしかったように聞こえますけど?」
「そうだけど何か?」
「またまた照れちゃって! 俺が消えたとき(まぁ身体に魂が戻っただけだけですが)、行かないでって泣いてたじゃないですか」
「ッ!? そ、それは過去の話よ!!」
「本当は俺が生きてて良かったんですよね。雪絵ちゃん」
「……うん」
「(あぁこの子が本当に愛おしい)」

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