Long

□砂浜に書かれた相合傘
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「暑い。この暑い中、よく野球が出来るよね…」


窓の外を見ながら、パタパタと下敷きで扇ぐ。ぬるい風が、余計に暑く感じる。

只今七月。雅之やお兄ちゃんが所属している野球部は、甲子園に向けて練習している。日差しが照りつける中、長時間練習して倒れないのかな?
うーん…心配だけど、まぁ二人とも体力には自信があるから大丈夫だよね。


「香那ちゃん、何見てるの?」

「部長…。えっと、気分転換に外を」


雅之を見てるとバレたくなくて、嘘をついてみる。
だけど、我が美術部の部長は結構目敏いからバレてしまった。その証拠に、クスクス笑ってるし……。


「うふふ、こっちまでアツくなっちゃうわ」

「ぶ、部長!何を言ってるんですか!?」


どうしよう…顔が熱い。あたしの顔、真っ赤かも。

暫く笑った後、部長は「エアコン入れるから窓閉めてね」と言って他の部員の所に行ってしまった。
あたしは窓を閉めながら、ついつい雅之を捜してしまう。
野球部が練習しているグラウンドは、美術室から結構見える。だから今みたいな部活中でも雅之の姿を目で追っちゃう。
…はぁ。あたし、雅之にベッタリかも。悔しいけど、好きだから仕方ない。

窓を閉め終えて、あたしは自分のスケッチブックが置いてある席に着いた。


「今回は何を描こうかな…」


自由作品は、いつも何を描こうか悩むんだよね…。去年は向日葵をスケッチブック一面に描いて、お兄ちゃんが喜んだっけ(向日葵はお兄ちゃんが好きな花)。


「部長ぉ、何を描こうか悩みます〜」


後輩の一人が、部長に助け舟を求めた。これはチャンス!ついでにあたしも聞いちゃえっ。


「そうね……今、行きたい場所なんてどうかな」

「それ、良いですね。じゃあテーマはそれにします!」


後輩は何か閃いたのか、描き始めた。
うーん、行きたい場所かぁ……。


「あ。行きたい場所、あった」


思わず呟いてしまった独り言に赤面しながら、あたしは鉛筆を走らせた──。








******









「香那、遅くなって悪ィ……って寝てるじゃん」


部活を終えてオレが美術室に来ると、香那は机に突っ伏して寝ていた。…寝顔も可愛いな、なんて言ったら殴られるか。

さすがに下校時間ギリギリだから起こそうと近づく。その時、ふと、スケッチブックに目が向いた。


「……海、か」


コバルトブルーの海と、白い砂浜。相変わらず巧いな。
なんだか、本当に海を見てるみたいだ。


「…起こさねぇと」


香那に手を伸ばそうとした時、机に小さく書いてある文字を見つけた。
『今、行きたい場所→海!』?
…そういえば、何時だったか香那が言っていたような気がする。


『雅之、夏休みは海に行きたい!』

『海?…全国大会が終わったらな』

『えぇ!?甲子園が終わるのって八月中旬じゃない!』

『八月末があるだろ』

『…つまんない。それじゃあ夏休みは何処にも行けないんだね』


頬を膨らませながらも、香那はそれ以上何も言わなかった。
…もしかして、色々我慢させてるのか?絵に描くぐらい、海に行きたいのか?


「ごめんな、香那」


香那のさらさらと流れている髪を、手で梳く。くすぐったいのか、香那は微笑した。…まだ起きないよな?


「海には行けないけど、お前の絵が行った気にさせてくれる。…なんか、ついつい砂浜に何か書きたくなるな」


そこで、本物のような砂浜に、香那がやりたがっていた事を実行することにする。鉛筆でいいのか?…まぁどうにかなるだろ。


『どうして海に行きたいんだ?』

『えへへ…やりたい事があるんだよね』

『ん?なんだよ』

『砂浜に、大きな相合傘を書くの!勿論あたしと雅之のだよ』


香那の名前を書き終えて、それと同時にあの時の香那の笑顔を思い出した。頬を真っ赤に染めて、楽しそうにしていた香那が、今スケッチブックを見たらどう思うだろうか?
…ヤバい。顔がにやけてきた。


「今回は、これで我慢してくれ」


もう一度、香那の髪を手で梳いた──。








砂浜に書かれた相合傘








「ん……あれ、雅之?」
「お目覚めですか、お姫様」
「何気持ち悪いこと言って……ギャー!これ書いたの誰!?」
「オレだけど」
「勝手に書かないでよ!これ提出するのよ!?」
「…見せつけてやれ」
「なっ!?……消す」
「あーあ。消しちゃった」
「……いつか本物の砂浜に書くもん」
「(ヤベェ。マジで可愛い……)」

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