Long

□右の薬指にはオモチャの指輪
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夜の九時。あたしは携帯で雅之に電話をした。明日は公式試合があって、雅之の事がちょっと心配だった。雅之は野球に関してはすぐ無理をするから……。
色々学校の事とかを話した後、本題に入った。


「雅之、明日はとうとう新人戦だね」

『ああ。楽しみだ』

「三年生が引退してから初めての公式試合だもんね。…緊張する?」

『別にそんなことないけどさ……』

「けど?」


あたしは思わず首を傾げる。緊張はしてないけど、他に何かあるのかな?
雅之は暫く無言だったけど、何か決心したように話し始めた。


『香那、明日の試合、勿論観に来てくれるんだろ?』

「うん。絶対に行くよ」

『じゃあさ…悪いけど、ライトスタンドにいてくれないか?』

「ライト?でもあの球場ってライトスタンド入れたっけ?」


試合が行われる球場を思い浮かべる。今回行く球場は結構小さくて、確か外野スタンドは立見席(というか芝生)だったはずだ。多分、入れないことはないと思うけど…。あたしにそこで観ろと言いたいの?


『入れる入れる。大丈夫だ。ダメか?』


雅之はどうしてもあたしをライトスタンドに入れたいみたい。別に、芝生の上に座ってみるのは構わない。でも……


「ライトスタンドじゃ、雅之がよく見えないよ……」


そう、雅之が守るポジションはサード。ライトスタンドと正反対だ。遠すぎる。
一体、雅之は何がしたいの?


『……うぅ、ごめんな、香那。でも、今回だけはライトスタンドにいてくれ。次の試合は特等席を用意するから』

「特等席?」

『あぁ。ベンチに入れてやるよ』

「本当!?」

『監督も部長の奴も、勿論他の部員も香那なら大歓迎らしいぞ』

「嬉しい…。お兄ちゃんも入れてくれようとしたけど、結局入れてくれなかったから……」


なんでも、当時一年生だったお兄ちゃんにはそんな権限はないらしく(あたしもまだ中学生だったし)、しかも二年生になったら雅之が入部したから入れてくれなかった。
お兄ちゃん、雅之を目の敵にしてるからなぁ……。


『よし、じゃあ明日はライトスタンドにいろよ。絶対だからな?』

「うん。明日、頑張ってね!」

『おやすみ』

「おやすみなさい」


明日はあんまり雅之が見れないかもしれないけど、次は間近で見れると思ったら楽しみになった。
携帯を閉じると、あたしは就寝の準備をしてすぐに眠りについた。








******









「よく晴れたな」

「うん。ねぇ、どうしてお兄ちゃんまでここにいるの?」

「大事な妹を独りでこんな所にいさせるわけがないだろ」

「……」


試合当日。あたしは雅之に言われたように、ライトスタンドにいた。何故か隣にはお兄ちゃんまでいるけど。
試合は無得点のまま進み、今は九回表。ウチの学校は後攻だから、今は守備だ。


「あ、アイツ、エラーしやがった」


お兄ちゃんがポツリと呟く。どうやらレフトの二年生がエラーしたらしく、レフトフライが二塁打になってしまった。あぁ、レフトの選手が泣きそうになってる。袖でゴシゴシと目を拭いていた。
そうだよね、だって自分達が引っ張る初めての公式試合だもん。自分のせいで負けたら嫌だよね。悔しいもん。

結局、その回に一点が入ってしまい、試合は相手の優勢になってしまった。
守備から攻撃になるため、ベンチに戻る選手たち。さっきエラーしたレフトの選手は、帽子を深く被ったまま走っていた。
そんな彼に、サードを守っていた雅之が声を掛けているみたいだった。勿論、何を言っているのかは判らない。だけど、多分励ましてるんだろうなぁ。雅之は、そんな人だから。


「さて、次で決まるかな」

「え、それってウチの学校が負けるってこと?」

「さぁな。二点以上入ったらウチの勝ち、一点でも入らなかったら向こうの勝ちだ」


お兄ちゃん、自分の後輩たちが負けると思ってるの!?…でも、本当に試合の行方は誰にも判らない。
雅之、頑張って…!




九回裏が始まった。ウチの学校は打順が戻って一番から始まる。雅之は打率がいいから四番だ。雅之まで回ってくるには、その前に誰かが塁に出ないといけない。
うぅ、緊張する…。
ぎゅうっと両手を握り締めて、あたしは祈るように目を閉じた。


「香那、塁に出たぞ」

「え、嘘!?」


お兄ちゃんの言葉に目を開けると、ユニホームを土で汚した選手が一塁ベースに立っていた。
ほ、本当に塁に出てる…!これで、雅之が打席に立てる!!

その後の選手たちはみんなゴロやフライで終わってしまった。あぁ、いよいよ雅之の番だ!


『四番、サード、安藤くん』


雅之の名前がアナウンスされ、雅之が打席に立った。あたしは瞬きをすることも忘れて、雅之を見入る。
相手のピッチャーが、第一球を投げた!


「ファール!!」


審判の声が、妙に響いて聞こえた。
それから何球も何球も、雅之は粘ってファールをし続けた。


「アイツ、もしかして……」

「え、お兄ちゃん、何か分かったの?」


隣にいるお兄ちゃんを見ると、お兄ちゃんは眉間に皺を寄せていた。厳しい顔だ…。


「ったく、野球はチームプレーだって言っただろうが…」

「お、お兄ちゃん?」


もう、何か分かったんなら一人で分かってないで、あたしにも教えてほしい!でも、お兄ちゃんはそれ以上何も言わない。教えてほしいのに…。


「ファール!!」


未だに審判の声が響く。いつまで経ってもファールだから、どちらのベンチもざわつき始めた。それと同時に見に来ていた保護者たちもざわつき始める。
雅之、どうしたの……?いつもだったら、余裕でヒット打つのに…。
あたしは我慢出来なくて、ピッチャーが投げた瞬間、思わず叫んだ。


「雅之ー!!」


刹那、金属バットから鳴るあの独特の音が鳴った。


「香那、頭抱えてろっ!」

「え?」


お兄ちゃんの叫び声と同時に、あたしの視界に白いボールが入ってきた。そのボールを見た瞬間、あたしは雅之の考えが解った気がした。
だから、お兄ちゃんの言う通りにせず、あたしはお兄ちゃんが持って来ていたグローブを手にして――


「ほ、ホームランだ…!!」


それをキャッチした。雅之やお兄ちゃんとずっとキャッチボールはしてたから、キャッチするのは得意だ。良かった、一緒にキャッチボールしてて…。
すると、ウチの学校のベンチから「やったー!」とか「安藤サイコー!」とか歓喜の声が聞こえてきた。
ホームランを打った本人は、ベースを回り終えて、先に還って来ていた選手とハイタッチをしていた。そしたらベンチからみんなが出て来て、雅之に抱き付いていた。雅之は色々と痛そうだけど。


「逆転ホームランだな」

「うん!さすが雅之っ」


お兄ちゃんにそう言いながら、あたしは手元にあるボールを触った。雅之のホームランボール、あたしが貰っちゃっていいのかな…?


「それは香那が持っとけ。多分、アイツもそれを狙って打ったんだろうから」

「…うん。嬉しいなぁ」


ボールをぎゅっと抱き締めて、あたしはこの一瞬を感じた。
こうして、試合は雅之の逆転ホームランにより、ウチの学校の勝利で幕を閉じた――。




「香那!」

「雅之、お疲れ様」


球場から出て来た雅之に、笑顔で応える。今日の雅之はヒーローだったから、ずっと色んな人に声を掛けられてたみたいで、なんか本当に疲れて見える。


「ボール、当たらなかったか?」

「うん、大丈夫だよ。それより、逆転ホームラン凄いね!さすが雅之」

「…なかなか打てなくて困ったんだけど、打てて良かった」

「雅之、凄く恰好良かったよ!あたし、もう一回惚れそうだったもん」


あたしが笑うと、雅之は照れたように頭を掻いた。うぅ、今更だけど恥ずかしいこと言った気がする。ぼ、ボールでも弄ってようかな。


「香那」

「なぁに?」

「無事にホームランが打てたら言おうと思ってたんだけどさ」

「うん」


雅之は制服のポケットから何かを取り出すと、それをあたしに突き出してきた。正確には握り拳の中に入れたままだから、むしろ拳を突き出してるんだけど。
あたしはそれが何なのかも分からないまま、とりあえず手を差し出した。


「今はこんなのしかやれないけど、いつかプロの野球選手になって、本物をやるから」


拳の中から零れ落ちたのは、シンプルなオモチャの指輪。これって……
あたしの掌から指輪を取ると、あたしの右手の薬指にそれをそっとはめた。


「だから、一生オレの傍にいてくれないか?」

「雅之……」


夕日をバックに背負って、雅之はいつも以上にキラキラと笑っていた。
あたしは、勿論――


「これからもずっと一緒だよ!」


二人で笑い合って、どちらともなく唇を重ねた――








右の薬指にはオモチャの指輪








「雅之ぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「!?け、圭太せんぱ」
「お前だけは許さぁぁぁぁぁん!」
「香那、逃げるぞ!」
「うんっ」


あたしたちは手を繋ぎ、追い掛けるお兄ちゃんから逃げ回った――




*fin*





今まで読んでくださった皆様、ありがとうございました!
これから圭太お兄ちゃんの番外編を書こうと思っているので、その時はよろしくおねがいします。

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