Long

□我が侭な王女@
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白を基調として塗られている壁を持つ大きな王城で、女の悲鳴が木霊している。
悲鳴の持ち主は、大声で悲鳴を上げながら城を駆け回っていた。
彼女の背後には、黒いオーラを纏いながら般若の形相で走ってくる二十歳前後の男の姿があった。
傍から見れば、男が女を執拗に追い掛け回しているように思えるが、それと少し違うのは、男は好きで追っているわけではなく、女は追われることを楽しんでいることだ。
つまり、女の叫びは悲鳴ではなく、歓声に近いものだった。


「キャー! マリウスが追ってきますわっ」

「止まれ、我が侭王女!」


二人が長い廊下を駆けていくのを、城で働く侍女や兵士は苦笑しながら見つめるだけだ。
この鬼ごっこが始まった当初は、はしたないと散々注意していたが、今となってはもう放置している状態だ。
はっきりしたことは分からないが、どうやら本人たち――少なくとも女の方――は楽しんでいるからである。
侍女や兵士たちにとって、女の喜びは自身たちの喜びも同然なのだ。
 
女――ラヴィニアは、城の持ち主である王の一人娘、つまり王女である。
産まれてからの十七年間、殆ど城の中で過ごしてきたため世間知らずだった彼女に、王は家庭教師をつけると言い出した。
そしてその家庭教師こそ、ラヴィニアを追い掛け回している男――マリウスである。
本来ならば、王が用意した家庭教師が他にいたが、箱入り娘であるラヴィニアは幾分我が侭な性格に育ってしまったために、自分が好きな男を家庭教師にしたいと主張して譲らなかった。
一人娘に弱い王は、ラヴィニアが一度城下町で見かけて一目惚れしたマリウスを家庭教師として王城に招き入れたのであった。
因みに、今まで王女であるラヴィニアに家庭教師が一人もいなかったのは、彼女が頑なに家庭教師をつけることを拒んでいたからである

城の長い廊下を一通り走り終わり、ラヴィニアは漸く自室へと戻った。
満足そうに笑う彼女とは対照的に、マリウスは、ぐったりと疲労感を漂わせながら彼女に続いて部屋に入ってくる。


「どう、マリウス? やっぱり私には体力があるでしょう?」

「……アンタが体力に自信があることはよーく分かった。だが、体力があるのと武術をするのは勝手が違う。だから武術は教えられない」

「私は武術を早く習いたいのです。何故駄目なのですか」

「いや、どう考えても王女に武術は不必要だろ」

「そんなことはありませんわ。今は物騒な時代ですのよ? 王女である私だって自分の身ぐらい護れなくてどうするのです」


胸を張って威張るように言うラヴィニアを見て、マリウスは溜め息を吐いた。

ラヴィニアがマリウスを困らせるのには理由があった。
いくら王がつけたとはいえ、マリウスはラヴィニアの我が侭で家庭教師として雇っている。
あまりにもあっさりとラヴィニアが学び終えてしまえば、マリウスの役目は終わり、それまでとなってしまう。
初めこそ一目惚れではあるが、家庭教師と生徒という関係になって一ヶ月、ラヴィニアは、ますますマリウスの虜になっている。
このままでは終わらせたくないのだ。
それ故に、もっと長く家庭教師として城に来てもらおうと無理難題を押し付けている。

尤も、ラヴィニアの気持ちはマリウスに気付かれていないが。


「アンタみたいに武術を習いたがる王女は初めてだよ。……まぁ我が侭である王女はたくさん見てきたけどな」

「失礼ね! さっきから我が侭我が侭と……きちんと私には立派な名前があると言ったでしょう!」

「そういやそうだっけ。じゃあ我が侭なラヴィニア王女」

「貴方は私をからかっているのですかっ」


ラヴィニアが頬を膨らませると、マリウスは苦笑しながら悪いと謝った。
以前も同じような会話をしているので、ラヴィニアの機嫌は大変悪い。

しかし、こんな会話でも、マリウスと話せて嬉しいと思うのは恋をしているからであろうか。
ラヴィニアは少しだけ笑った。

暫く二人で言い合っていると、コンコンと扉を叩く音がして、ラヴィニアは返事をする。
扉を開けたのは、ラヴィニア付きの侍女だった。


「ラヴィニア様。王様よりお預かりました物をお届けに参りました」

「お父様から? 何に関する手紙かしら」


侍女から手紙を受け取り、視線を走らせる。
その内容を全て読み終える前に、ラヴィニアは大きな声で喜んだ。


「マリウス、やっと城下町に行けますわ!」

「は、城下町? もしかして、王様に城下町に行けるように頼んでたのか?」

「えぇ。社会勉強として行ってみたいと頼みましたの。勿論、王女としてではなく一般市民として行くのです。あぁ、楽しみですわ!」

「城下町ね……」


ラヴィニアはくるりと回りながら喜びを露わにする。
一方マリウスは、ラヴィニアが落とした紙を見ながらあまりいい顔をしなかったが、ラヴィニアはそれに気付くことが出来なかった。




ずっと貴方といたいから
(王女の特権を使います)




To be continued……


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