Long

□我が侭な王女A
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「マリウス! 早くしないと終わってしまいますわっ」

「そんなに慌てなくても、市はまだ終わらないって」


王から城下町に行ってもいいという許しを貰ってから数日後、いつもの煌びやかなドレスではなく、質素なワンピースを身に纏ったラヴィニアは、マリウスと共に城下町の市に来ていた。
顔は隠さずとも、一般の市民はラヴィニアの顔を見たことがないので、王女とは分からない。
城下町を訪れたのはマリウスを見たとき以来のラヴィニアにとって、市はとても新鮮なものだった。
マリウスから話は聞いていたが、実際に見てみると心が躍る。
マリウスの服の袖をぐいぐい引っ張りながら、マリウスに早く行こうと促した。


「まぁ、これは何かしら?」

「おや、お嬢ちゃん、これを見るのは初めてかい?」


ラヴィニアが目に留めたのは、市では一般的に売られている赤い魚だ。
魚を売っている男は、魚の尾を掴むと、グイッとラヴィニアの顔に近付けた。
眼前に向けられた魚から臭う悪臭に、ラヴィニアは眉間に皺を寄せる。


「く、臭いですわね」

「ハハハッ。女の子にしちゃ随分耐えてるな。俺の娘なんか近寄りもしないし、あろうことか食いもしねぇ」

「美味しいのですか?」

「美味いぞー。食ってみるか?」

「よろしいのですか? では」

「ストーップ。試食は勘弁ね」


ラヴィニアが手を伸ばそうとすると、彼女の細い腕をマリウスが掴む。
腕を掴まれたラヴィニアと、腕を掴んだマリウスを見た魚屋の男は瞳を丸くして驚いた。


「何故止めるのです? せっかくのご厚意を無駄にするのですか」

「ここの親父はこうやって試食させて金を巻き上げる詐欺っぽいことを得意とする野郎なんだよ。市ではいい奴もいるが、詐欺っぽいことをする輩もいる。安易に口にするなよ」

「えー、そりゃ酷いぜ、マリウス。俺は可愛い女の子には集らねぇ主義だ」

「ンなことが信用なるか」

「相変わらずきびしーねぇ。ま、それが信用されるのには一番かもしんねぇけどよ。それより、この可愛いお嬢ちゃんはおまえの連れだったのか。いつのまにこんな可愛い子を捕まえたんだ?」

「別に捕まえてないって。それより少しは黙ろうと思わないのかよ」

 
マリウスと男は、内容とは反対に笑いながら話す。一人だけ会話に入れないラヴィニアは、黙って二人の会話を聞くしかなかった。

魚屋の男と別れて違う出店に行った時も、マリウスに対する人々の反応は同じだった。
特に女や子どもたちには絶大な人気があるようだ。
マリウスがいると分かったからか、彼の周りには多くの大人や子どもが集まってきた。


「マリウスじゃないか! 最近見かけないと思っていたら、可愛い女の子を連れてデートかい?」

「おばさんまでそんなこと言うのかよ」

「マリウス兄ちゃん、お姫様がいるお城で働いてるってホント?」

「うわ、おまえ、それをどこで聞いたんだ」

「えーっと、魚屋のおじちゃん」

「あんにゃろ……後で絞める」

「で、今の仕事はまだ終わりそうにないのかい? アンタが今まであたしたちに商売に関して助言してくれたから、こんなにこの市は盛り上がってるんだよ」


女の発言に、ラヴィニアはマリウスの本職を思い出す。
ラヴィニアの家庭教師をする前までは、マリウスは城下町で出店をしていたらしい。
何を売っていたのかまでは知らないが、結構売れ行きも良かったらしく、マリウスから商売について指南を受けた者も多いようだ。
先程から話しかけている者の大半が、女と同じような発言をしているのがその証拠だろう。
更に、この城下町に来るまでは旅をしていたらしく、他の国の情勢についても詳しいし、武術についても長けている。
治安の面でもマリウスは頼られていたようだ。

城下町の面々に囲まれて楽しそうにしているマリウスを見て、ラヴィニアは胸を痛めた。

もしかして自分の我が侭のせいでマリウスだけではなく町の人々の迷惑になっているのではないだろうか?
頼りにしていたマリウスを急に失って、町の人々はさぞかし困ったに違いない。
民を守るべきである立場にある自分が、こんなことをしていていいのだろうか?

城への帰り道の途中で、ラヴィニアは決意を固めた。


「マリウス、お話があります」

「なんだよ、改まって」

「大事な話なのです。真面目に聞きなさい」


足の歩みを止め、ラヴィニアはマリウスと向き合う。
ラヴィニアの考えを知らないマリウスは、ただ疑問符を浮かべるしかない。
ラヴィニアはゆっくりと深呼吸をして、マリウスに告げた。


「本日付けで、貴方を家庭教師の任から解放します」

「……は?」

「ですから、貴方は明日から元の生活に戻ってよいのです」

「随分、急だな。それは王様が決めたのか?」


マリウスの問いに、ラヴィニアは首を横に振った。
泣きそうになるのを、薄い唇を噛んで耐える。


「わ、私の独断です。とにかく貴方はもう自由なのよ」

「独断、ね。……じゃあもう城に行かなくていいんだな」

「そ、そうですわよ」


マリウスは少しの間唸っていたが、あっさり了承した。
唸っていたにしては、何事もなかったように承諾している。
ラヴィニアはそれが悲しくなり、我慢していた涙は、とうとう溢れ出してしまった。


「少しは躊躇しなさいよ! 貴方は本当に最低ですわっ」


もう少し悩んでくれると思っていたラヴィニアは、涙を流しながら城へと走った。
無我夢中で走っていた彼女は、マリウスが「言ってることが滅茶苦茶だぞ」と呟いていたことには勿論気付かなかった。




もう逢えない
(一緒にいたいと思ったのは私だけですか?)




To be continued……


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