Long

□我が侭な王女 最終話
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一人残されたラヴィニアは、とりあえず紙を開き、内容を読むことにした。
そこには、クラレンスのものであろう丁寧な筆跡で、彼の心情が書かれていた。


『親愛なるラヴィニア王女へ
 最近いかがお過ごしでしょうか? すみません。これ以上の挨拶は抜きで書かせていただきます。
 父から貴女との見合い話を伺ったときは、正直天にも昇る気持ちでした。僕はある式典でラヴィニア王女を拝見したときから、貴女に恋心を抱いていたのです。儚げに微笑む貴女は、僕にとって女神のような存在でした。そんなラヴィニア王女とお話させていただくどころかお見合いの話を戴いて、僕は有頂天になっていました。
 しかし、僕はこの想いを封印することにしました』


そこまで読み終わり、ラヴィニアは頬を赤く染めつつも首を傾げる。
どうやらクラレンスはラヴィニアに恋をしていたようだが、諦めたようだ。
見合い話まで来ていたのに、何故彼は諦める必要があるのだろうか?

ラヴィニアは続きに目を通した。
そして続きのある一言を見た刹那、普段からは考えられないほど荒い動作で椅子から立ち上がり、広間を飛び出した。
走りにくいハイヒールの靴で、ドレスの裾を両手で持って長い廊下を駆け抜ける。
それを見た侍女や兵士は、何事かと瞳を丸くするばかりだ。


『ある日、家督を継がなくていいからと今まで放浪していた問題児が、ひょっこり帰ってきました。少しは家のことを考えるつもりになったのかと思えば、彼はいきなりこう言ったのです。
 兄上は城に行くのか? と。僕は正直驚きました。僕の見合い話を知っているのは父だけのはずだったからです。僕は驚きつつも頷きましたが、弟は悲しい表情をするだけでした』


ラヴィニアは左右に分かれている廊下を左へと曲がり、精一杯走り抜ける。
途中転びそうになるが、必死にバランスをとって耐えた。

目指すは、自分の部屋。


『弟は今まで自分がどのような生活をしてきたのか話してくれました。彼の話の中に貴女が出てきたときは驚きましたが、しかし、弟のことを考えると、僕は自分の想いを封印するしかありませんでした。漸く、弟は自分のことを考えてくれるようになったのですから。
 そんな弟に、兄に頼み込んで父から勘当されて失っていた姓を与えました。そして彼に僕は言いました。
 お見合いの当日、彼女が普段一番使っている部屋で、彼女を待ってあげなさい、と。弟は最初こそ驚いていましたが、笑って頷いてくれました。久々に弟の笑顔を見た気がします。それもこれも、ラヴィニア王女のお蔭です。本当にありがとうございます』


ラヴィニアは息を切らし、自室の前に辿り着いた。
目の前にある大きな扉を開ければ、そこには彼がいるはずだ。


『申し訳ありませんが、どうかもう一度、彼を託してもいいでしょうか? 問題児で、でも僕にとっては大切な弟――マリウスを。
 ラヴィニア王女とマリウスが幸せになりますよう、心からお祈り申しております。
 苦労性のクラレンス・バートンより』


バンッと大きな音を立てて、ラヴィニアは扉を開けた。
目の前には、正装で、しかしだるそうな雰囲気を醸し出している男が、背を向けていた。
男は、扉が開いた音に反応して、振り返った。

男の顔は、似ている人物ではない、紛れもなくマリウスだった。


「よ。随分と待たせてくれたじゃねーか。俺は待ちすぎて退屈だったんッ」


マリウスが言い終わる前に、ラヴィニアは彼に向かって大きく体当たりをした。
マリウスは痛みを堪え、彼女を受け止める。
ラヴィニアは、あの日と同じように泣いていた。


「マリウ、スは、ほんっ、とう、に、最低ですわ!」

「はいはい」

「そ、れでも、わ、わた、わたくしは、貴方が、す」


それ以上ラヴィニアは言えなかった。
マリウスに、強く抱きしめられたからだ。
彼の肩口に頭を強く押し当てられ、ラヴィニアは何も言えない。


「俺、アンタ宛ての王様からの手紙を見ちゃってさ、そしたらバートン侯爵の次男と見合いをさせるって書いてあって、それって兄上じゃないかって思ったら、なんか全てがどうでも良くなって……。で、沈んでたらアンタが俺を解雇するって言い出して、俺は絶望の淵に立たされたと思った。これでも、アンタの家庭教師の仕事、楽しかったんだぞ」


マリウスの言葉に、ラヴィニアは驚く。
あの日の手紙にはそんなことまで書かれていたのか。
内容をきちんと読まなかった自分が悪いのかもしれないが、そんな大事なことは城下町に行く許可の手紙と一緒に書かないでほしかった。


「アンタを困らせないためにも、解雇の件を了承した。また自由な生活に戻れるじゃないかって自分自身に言い聞かせて店を始めたけど、全然楽しくないし、何か物足りない気がしてた。たまたま家に帰れば、兄上がここに行けって言ったんだ。かなり驚いた」


あまり動かない頭を、ラヴィニアは頷くように下げる。
するとマリウスは笑った。


「で、今、アンタを見たらなんかほっとした。どこかで安心しているんだ。どうしてだろうな……」


ゆっくりとマリウスはラヴィニアを解放する。
ラヴィニアはもう一度、今度はしっかりと彼の顔を見た。


「とりあえず、貴族たちの間でバートン家の三男としての信頼を回復するまで、また家庭教師をしてもいいか? ラヴィニア」


初めて冗談ではなく真剣に名前を呼ばれて、ラヴィニアは更に涙を流した。
今度の涙は悲しみではなく、喜びの涙――。


「そ、うね。また家庭教師として雇ってもいいですわよ。絶対、貴方から武術を習うって決めたんですもの」

「ハハッ、相変わらず我が侭な王女だな」


マリウスの笑顔を見て、ラヴィニアは微笑んだ。
彼の笑顔は、彼女が一目惚れをしたあのときと変わっていなかった。




ずっと変わらない貴方へ
(この想いは届いていますか?)




*fin*




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