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□春の便り
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3月29日。
何か祝日や記念日があるわけでもない、平凡な日。
でも、私達にとっては大切な大切な記念日なんだ。


私には同い年の幼なじみがいる。
名前は松坂康太。
康太とは性別と見た目以外に似ていることがたくさんある。
好きな食べ物、好きな色、嫌いな教科、母の旧姓、そして3月29日の誕生日。
私のかぐや姫のようなプレゼント要望も康太は毎年こなしてくれた。
テレビで見た青いバラが欲しいと言ったら、その絵を描いた。
身長が欲しいと言ったら、肩車してくれた。
勿論、私も康太のためにプラモデルだとかキラキラのレアカードだとか必死で集めた。
康太が笑うと嬉しかったから頑張った。


14歳の冬、康太は東京から遠い九州の高校に進学することになった。
生物学を学びたいとずっと思っていたらしい。
将来の夢は、学者。
康太の口から直接聞いた私は彼を責めた。
「東京の高校じゃだめなの?」
「ああ。あそこじゃないとだめなんだ」
康太の瞳は輝いていて、それがまた私を混乱させた。
「何でそんな遠くに行くの?」
「学びたいからに決まってるだろ」
ずっと一緒にいるのが当たり前だったのに。
「康太はもう私なんていらないんだ」
「何でそうなるんだよ」
裏切られた気がした。
康太は私のモノじゃない。
そんな事実を認めたくなかった。
そしてはじめて理解した。

私は康太に恋してるんだ。


康太は15歳の誕生日を迎える前に、引っ越してしまった。
あの大喧嘩の後、康太は近所の植物園の入園チケットをくれた。
夏休みから今年は桜が欲しいと主張した私に康太は「梅で我慢しろ。一緒に見に行ってやるから」と言って笑った。
ならば私はお弁当を作る。と、約束した。
「一緒に見に行こうって言ったのに」
春休みの今日は16歳の誕生日。
今年は私がチケットを買った。
「行けるわけないのにな」
二階の窓からは梅が見えるのに九州は、康太は見えない。
窓枠から身を乗り出すと、ふわりと舞い上がってきた桃色の花びら。すくい上げると、見覚えのある形だった。
「桜?」
「大正解!」
道路には、大きく手を振った彼がいた。大きな桜の枝を持って、にかっと笑う。
「15歳の誕生日プレゼント」
「康太!どうしてっ」
私は更に身を乗り出した。
「今年は16歳だよ!」
「お前なぁ」
康太が笑った。
「桜が欲しいんじゃなかったのかよ」
「いつの話よっ」
覚えてくれていたのが嬉しかった。
植物園のチケットを握りしめ、私は階段を一気に下りた。玄関を開けて、康太に駆け寄る。
「誕生日おめでとう、康太」
「お前も、おめでとう」
そう言い、康太は桜の枝を私に握らせた。チケットをさりげなく抜き取られたのに私は気が付かない。
「ありがとう、康太」
もしかして、私に桜をプレゼントするために九州に行ったの?
なんてちょっと思ったけど、それは自惚れだ。
「康太、何か欲しいものある?」
「そうだなぁ」
康太はわざとらしく視線を上げて、目を閉じた。
「お弁当が欲しい」
「お弁当?あっ!」
康太の右手には桜と私のチケット。
そして左手は私の右手が。
少し早い桜が、私達の背中を押してくれた。

ねぇ康太。来年まで待っていてくれる?

3月29日、貴方に伝えたいことがあるんだ。

だからプレゼントに勇気を下さい。


END


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