☆ドスぴーす様珠玉作品☆


さよなきどりの



鬱蒼とした森の中にあるこの洋館に閉じ込められて数日が経った。

この夜も依然として強雨。大粒の雨が窓ガラスをこれでもかとばかりに叩いている。


先刻、部屋にこもっていたはずの暗石がいなくなったと、慌て顔の和が日織に告げた。

ふたりは手分けして探すことにし、和は二階、日織は一階を見て回る。


日織が一階の廊下を探し歩いていると、静まり返った館の中でうっすらと音楽が聞こえているのに気が付いた。

音の根源を発見した日織はその部屋のドアをゆっくり開いた。そして、その中を見た瞬間安堵の表情になる。

「暗石の旦那、こんなとこで何やってんです?」

暗石は娯楽室にいた。

わざわざ椅子をコンポの前に引きずってきたらしく、それに座って背をもたれている。目も閉じられているようだ。

日織は返事をしない彼に向かって、フゥ、と深いため息をもらした。

「旦那、起きてください」

「…寝てねぇよ」

側に寄る日織を片目だけ開けて暗石は睨んだ。それでも日織はかすかな笑みを崩す事なく暗石を咎めた。

「今日はアンタが狙われる日じゃねえですか。こんな時に引きこもりをやめる事もないでしょ」

「和のヤツに、狭い苦しい部屋ン中で俺が死ぬとかつまんねぇ話を聞かされたからな。気分転換だ」

豪気なのか呑気なのか…。日織はそんな暗石に苦笑した。

「…まったく旦那は変わんねぇな」

日織も暗石の横に立ち、一緒にラジオを聴くことにする。

そのラジオ番組はDJは居なくて、ただ歌謡曲やサウンドだけの音楽が流しっぱなしになっていた。


「この曲、覚えてるか?」

言いながら、暗石はシャツの胸ポケットから煙草を取り出す。

「お前にとっても懐かしいだろ?」

ラジオから雑音混じりに聞こえてくる曲は、当然日織の記憶にも残っているものだった。

「小夜啼鳥(さよなきどり)…ですか」


それは初めてふたりが共演した時代劇の主題曲だった。

笙の笛の旋律に合わせて太鼓や笏拍子が味わい深い演奏をし、そしてシンセサイザーが近代的な調和を奏でる…なんとも幻想的で閑雅な雰囲気の曲だ。

きっと、タイトルに示した小夜啼鳥の、夜に響く鳴き声を表現したものなのだろう。

共演した時代劇のクライマックスは暗石も含めた侍たちの殺陣で、そこで流れていたのはこの曲だった。

この曲と殺陣シーンはミスマッチなものだったが…それでも暗石の美しいとも評される立ち回りを思い出し、日織は少し過去に耽った。


だがすぐにラジオの雑音により現実に引き戻される。

「しかし雑音がひでぇな」

そう言って眉をしかめる日織に、暗石は日織を見上げながら口の端をあげた。

「こんなの、雨音と変わんねーだろ」

いつも通りのドライな笑み。そして慣れた手つきで煙草を咥え、マッチで火をつける。

マッチの硫黄臭さと、暗石の紫煙の香りが日織の頭を痺れさせた。


…過去の憧憬と今の思慕が日織の中で交錯する。

たまゆらに日織は床に膝を付くと腕を伸ばし、背後から暗石の肩を抱きしめた。

椅子の背もたれ越しではあったが、暗石の体と密になるように腕に力を込める。

暗石の肩がほんの少しだけ強張ったような気がした。


「なにしてんだ、小僧」

「嫌ですかい?」

怒りを含んだ冷静な暗石の声に日織は少し眉を下げる。

暗石は日織の質問に答えず、だが抱き締める腕を払い除けることもせずに尋ねた。

「お前、そういう趣味か?」

ゲイかと訊かれ、日織は、ふふ、と小さく笑った。

「いえ、そんな趣味は全くねえですよ。

 でももし、いずれまたアンタと逢うことがあれば…とは思ってましたがね」

「…馬鹿か、お前」

苛々と灰皿に煙草を押し付け立ち上がる暗石を、日織は己の胸に強引に引き込んだ。

「てめぇっ…!」

珍しく狼狽する暗石を、日織は尚一層の力で抱き締めた。

そして暗石の胸元まで開いたシャツの隙間へ手を差し込む。


「…ッ……」


悪寒か緊張か。とにかく暗石の体は冷えていた。

這わす指の熱が、除々に、暗石の冷たい体温によって奪われてゆくようだった。


時折強張る暗石の硬い体に指を滑らせながら日織は耳元で囁いた。

「俺はね、もっと前にアンタをこうしなかった事を後悔してたんですよ」

日織の耳にチッ、という暗石の小さな舌打ちが聞こえた。

「ねぇ、旦那…血迷い事だと思って聞いてくださいな」

じっと動かない暗石の頬に唇を沿わせて日織は吐息のような声で言った。

「俺はアンタが…」


瞬間、暗石の無骨な手が日織の首に回った。

「それ以上言うとブッ殺すぞ」

喉仏に親指を当てていることが、暗石が本気であると物語っていた。


日織はこの状況に似合わないさっぱりとした笑顔をし、両手をあげて暗石を解放する。

「すみません、調子乗りすぎちまった」

その笑顔に毒気を抜かれたのか、暗石も日織から手を離すと皮肉っぽく唇をあげた。

「薄気味悪りぃ野郎だな」

吐き捨てるようにそう言い、ゆっくりとした足取りで自室へ引き上げてゆく暗石。

日織はひとり、その後ろ姿を見送った。



ここは文字通りの雨で閉ざされた牢。

この限られた空間は、かろうじて繋ぎ止まっている日織のココロを狂わせる為、幾度も誘惑の罠を仕掛けてくる。


『お前はまた同じ未練を残すのかい?本懐を遂げるには今しかないよ』…と。


嬲るように、じわりじわりと侵食して、ココロをグレーの雨色に染めてゆく。



「この気持ちは隠しとこうと思ってたんですがね…」

暗石が出て行ったドアを見つめながら日織は薄く笑い、呟いた。


「…さよなきどりがないている」

ラジオからはすでに雑音しか聞こえない。

だが小夜啼鳥の、笛のような細く美しい鳴き声が、雨の降る森の中、一重二重と響いていた。



<終>



日暗ーーーーっっ!!!
もう…なんて素敵なんだ〜っ!!(ウッサイ/笑)
これを頂いた時、何度も読み返しては「おぉ〜」と感嘆の呟きを漏らしていました。
文章も素晴らしいですし、何より日織も暗石さんもカッコいい!!
雰囲気がもう大好きで大好きで…!
日本語下手なんで上手に説明できませんが、こんな風に書きたいなあと思い描いていた日暗だったんですよ!!
とても感動しました!
11月に頂いた作品で、飾るのが遅くなってしまいましたが、こんな珠玉作品をもらったんだぞ☆とようやく
自慢できて嬉しいです♪

ドスぴーす様!へコんだ時に見てはニヤニヤさせてもらっていて、とても力を頂きました!(笑)
もう大好きです!
自分なんぞにこんな素晴らし&カッコいい作品を下さいまして誠にありがとうございました☆

どすピース様のサイト『GAMBLER!』さんには、他にも素敵作品がいっぱいです☆是非ご覧になってハアハアしてください!(笑)
※08/8/11 現在活動を一時休止中です。ごゆっくりお休みください!

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