成瀬壮一郎、度目の


☆MEちゃん快気祝、にゃも様悦楽作品☆





昨日は収録の打ち上げで夜が遅かった。

だから眠りについたのは午前を過ぎて、少し空が明るくなった頃…


眠い…


けど、


ピピピッ
ピピピッ


高いの機械音が遠くで鳴ってる。


うるさい…

誰かあれ止めてくれ…


そのうちに音は盛大に鳴り始める。


分かったよ、起きるよ…
起きるから…


とは言うものの、起き上がるのが面倒でゴロゴロと転がってベッドの端に移動する。



ん?



おかしい…


狭いベッドはいつも、一回寝返り打てば簡単に端に辿り着くのに、今日はまだベッドの端に辿り着かない…


ま、いいか。



眠気は正確な思考を奪う。


だから気付かなかった。





もう一度寝返りを打つとベッドの端に辿り着いた。

けれど勢いが良かったのか、そのまま落下…





ストン…



あれ?


痛くない。


っていうか…



あれ?




俺、立ってる?


でも…



やけに家具とかデカいんだけど…



…??



いや、俺の視点が低い?

でも



俺、立ってるはずなのに…




不思議に思って足元を見る。



……?



毛?


え?


毛??


いやいや、毛っていうか手っていうか…


何か変だ。


片手を上げてみる。
間違ないない…


自分の体が動いてる感じがする。


なのに…


目線の先にあるのはフカフカの毛並みとピンクの肉球。

(どう見てもこれ、猫の手…だよな)


まだ夢なのかと思って目を擦ってみる…


う〜ん…

無理。



目を擦るつもりなのに何故か猫が顔を洗うような仕草になる…


いや、本当に猫になってんなら自然な行為…って俺、猫じゃねーし!
あ、いや…今は猫だけど、ってか、何で猫??


「にゃぁぁ〜ん」
(どうなってんだ〜?)



叫んでみるものの声はやっぱり猫のもの。


ピピピピピピッ!



もう、うるせぇな…
人が真剣に考えてる時に…


あ、目覚まし…


ようやく本来の目的を思い出し、とりあえず目覚しを止めに行く。


ベッドから離れたミニテーブルの上にあるデジタル時計。
上部を押すだけで簡単に止まる。


たしん!


静かになってようやく満足する。

しかし、腹は空いてないが喉は渇く…


水、飲みたい…



キッチンに向かう。
流し台に飛び乗ってレバー式の蛇口を動かす。


たしん!


ジャー…


勢いよく水が流出す。
流水に顔を近付け水を直接飲む。


ピチャ
ピチャ


人間の時のように一気に飲む事は出来ないけれど、確実に喉は潤っていく。


ようやく一心地ついて、水から離れる。
けれど未だ勢いよく流れ出る水…


むぅ、水道代…


都心で一人暮らし。
日々の生活は節約を重ねてやっとの事で成り立っている。
無駄遣いする余裕はない…

水、止めなねぇと!


たしん!
たしん!


蛇口にタッチして何とか水流を弱める事に成功。
後、一回触れれば…

再度、手を伸した時に体が大きく傾いた。


うわっ、ヤバ…


時、既に遅し…


猫特有の反射神経で怪我はないけれど、シンクに落ちた。
上から降り注ぐ水で全身が濡れる。


最悪…



ピピピッ

ピピピッ



止めたはずの目覚しがなってビクリと体が反応する。


あ!あれ普通に止めただけだと5分間隔で鳴り続けるんだった…


水道もまだ出てるし…
何かだんだん腹立って来た!



滴る水もそのままに、流し台に飛び乗り、アッパーを繰り出す如く蛇口レバーを猫手ではね上げる。

たしんっ!!



「ミギャッ!」
(痛ってぇ!)


水は止まったものの、金属を思い切り殴った間隔に、手がジンジンする…


「にゃぁ…」
(もぅやだ…)



ピピピピピピッ


まだ鳴ってる目覚しが仇敵に思える。


流し台から飛び下りると、無意識に体を震わせ、水気を吹き飛ばしていた。

辺り一面水浸し…


「……にゃぁ〜」
(……誰かぁ〜)


鳴いたところで誰も助けてはくれない…
仕方なく、目覚しを止めに行く。



歩くごとに床に肉球の後がついて、水溜まりが出来る…


テーブルの上の目覚しを八当たり的にど突きまくっていると、電池が外れてしまった。

これで静かになる…




そう思った矢先、盛大に音が鳴り響く…




♪チャラリラリラリララ〜

『ゴッドファーザーのテーマ』





郷愁と渋みを感じさせるメロディ。

この着メロが鳴るのは一人だけ…



慌てて自分のカバンに飛び付く。


中を必死に漁る。

飲みかけのペットボトルにiPod、台本にレンタルしてきたDVD…

なかなか目的の物にありつけない…


カバンの底に光ってるものが見える。


中身を必死に掻き出してようやく音源に触れる。
けれど四角い無機質な物体は猫の手では掴める訳もなく…


音も鳴り終わる。

シーンとした部屋に悔しさで涙が浮かぶ。
ただ光るだけの物になったそれを、何とか引きずり出そうとする。
運良く出した爪にストラップの紐が引っ掛かり、そのまま慎重にカバンから取り出す。
爪を引っ掛ける、という事を覚え、二つ折り携帯も格闘の末、開く事に成功。
カーテンすら開けてない暗い部屋に携帯のディスプレイが煌々と灯る。


「にゃぁ…」
(おっさん…)


画面には『磯前』の2文字だけが映し出されている。
ディスプレイに頬を寄せて擦り付く。
こんな行為に意味はない…けれど


(声、聞きたかったな…)



そのまま携帯を枕にして横になる…
意識がまどろみ始めた頃、耳のすぐ傍で大音量の音楽が流れ、慌てて起き上がる。


再び流れる『ゴッドファーザーのテーマ』
猫手で何度か押し違えながらも、やっとCALLボタンを押す。


『やっと出たか、執事…』


焦がれた声に胸が高鳴る。
けれど…
きっとこの声は届かない…
それでも呼ばずにはいられなかった。


「みゃぁ〜ん…」
(おっさん…)

『……お前、ふざけてんのか?
猫、電話口で鳴かせてんじゃねぇ…
さっさと出やがれ。
俺はお前に用があんだよ』

「……にゃん…」
(俺だもん…)


『おい。執事…いい加減にしねぇと切るぞ』


「にゃぁぁ!にゃっ、にゃっ…」
(やだぁぁ!切るな、おっさん…)


『……。
仕方のねぇ奴だな』


盛大な溜息が電話の向こうから聞こえてくる。


『何が気にくわねぇのかしらねぇが…今日、お前OFFだろ?
今からそっちに行くからな』

「にゃっ!?」
(え!?)


『アパートに行くからな。出掛けてんなら、今すぐ戻れ。
それがだめなら…何処に居るか言え。

迎えに行く』




「にゃ、にゃぅ…にぃぃ〜…」
(やば、嬉しいかも…早く会いたい…)




『まだ猫に喋らせてんのか?
っていうか、お前…猫なんか飼ってたか?
確かお前アパートだから動物は無理だって…』

急に電話の向うが静かになる。

「にゃぁ?」
(どうした?)

『どこの猫と遊んでんだよ?』

何故か怒気を含んだ声…

「…に、にぃぃ〜?」
(…な、何怒ってんの?)

『あの万年着流し野郎のとこか?』

「にゃ?…にゃ?」
(え?…はぁ?)


『そいつの所に居るんだったら今すぐ帰って来い…分かったな?』



ピッ!

ツー、ツー…



「みぎゃぁぁ〜、にゃっ、にゃぁん!」
(誤解だ〜、ってか、話聞けよ!)


言ってから気付く。

いや、今俺…猫だから話分かった方がヤバイ気がする。
しなければ良いのに人は時に余計な想像をする…
あの渋面男のハスキーな声で

『にゃ?にゃぁぁん』

と猫の声(っていうか猫なで声?)を出す姿が頭に浮かぶ…


「シャァァ〜ッ!」
(ありえねぇ〜っ!)


思わず、全身の毛が逆立った…


頭をブンブン振って自分の想像を打ち消すと、現実に戻る。
水浸しの部屋。
テーブルで転がる電池と時計。
ベッドに上には…

昨日、自分が着ていた服が人型に脱ぎ捨てられている。

「…みぃ〜〜……」
(…片づけねぇと…)

とは言うものの、濡れた身体の自分が部屋をうろつくのは汚れを拡大させるだけの気がしてまずは体を拭くことにした。
脱衣所のレバー式のドアをジャンプして動かし、開ける。
中に入ると、棚に畳んで置いてあるタオルを取ろうと伸びあがる。
猫の体で2足で立つのは重心がとりずらく、ふらふらする。


あと少しで…


そう思った時、ぐらりと体が倒れこみ、伸ばしていた手の爪がタオルに引っ掛かり…


どて…
バサッ…


無様に倒れたと思えば、倒れた体の上に大量のタオルが降ってきていた。

「ぶにゃ…」
(腹立つ…)

とりあえず、タオルの海から這い出すと腹立だしさに任せてタオルの上にごろりと横になる。




そして






ゴロゴロ

ゴロゴロ

ゴロリン…





タオルの上で散々転がったあと、満足げに伸びをする。
濡れた上に大量に猫毛がついたタオル達からは自分の匂いがする。

あ、ちょっと安心するかも。
自分の匂いがするのって…

気がつけば、そこかしこに体をこすりつけマーキングしていた。
あらかた匂いをしみつけると、満足してごろりと横になる。


う〜ん
満足♪


って…

ちが〜〜〜う!!!!


恐る恐る起き上がると部屋を見渡す。
盛大に物が散らばっている。
ついでに猫毛も舞っている。


「……。」

もう、俺にできることは何もない…
っていうか、何したらこうなるんだ、俺…

呆然と佇んでいると、携帯が鳴り響く。


ピッ…


CALLボタンを肉球で押す。


『着いたぞ。
…帰ってるか?』

「にゃぁぁ〜、にににっ!にゃぁ、にゃぁ!」
(ずっと家にいるって、って言うか気づけ!俺だ!俺!)

『ったく…物わかりの悪い奴だな。
俺を怒らせてぇのか?
いつまでそこに居るつもりだ?
俺は今、お前の部屋の前にいる…』

「に?」
(え?)

『早く、戻って来い。
お前が誰のものか、きっちり教えてやる』

「にゃ?にゃぁ?」
(え?何で?)


とりあえず、電話を放り出し玄関に走っていく。
ドアの前で必死に磯前を呼ぶ。

「にゃぁぁぁ!!にゃぁ、にゃぁぁん、にゃっ!にゃっ!」
(おっさん!!おい、気づけ!俺だ!俺!)

「なんだ?
部屋から猫の声が…」

本当に来てくれた。
このドア一枚向こうにいるんだ…

「うにゃぁぁん!にゃぁ、にゃぁ〜」
(気づいてくれ!頼むから、おっさん)

「日織のところじゃなかったんだな…」

何だかほっとしたような、ちょっと安心したような、そんな響きのある呟き。

「うにに?」
(どうした?)

「でも…だったら何で出て来ねぇんだ?何かトラブルが…」

「にゃっ!にゃ、にゃ」
(そう!それ、それ)

「……。」

「にゃぁん…」
(気づいてくれる…よな?)


コツ…コツ…コツ…


沈黙の後、靴音が遠のいていく。
ドアの向こうの気配が消える。

「…にゃ…」
(…何でだよ…)

気づいてほしいのに…
伝わらないことがこんなにもどかしいことだなんて知らなかった。
いつも普通に会話出来てたから。
伝わるのが当たり前だと思ってた。

「にゃぁ〜ん!にゃぁ、ににぃ〜…うにゃぁん…」
(おっさん!戻ってこいよ、頼むから…戻ってくれ…)


コツ…コツ…コツ…


「?」


聞きなれた足音がまた近付いてくる。

「本当にすみません。甥っ子がご迷惑お掛けして…」
「いえ、良いんですよ。しかし知りませんでしたよ。成瀬さんの叔父さんがこんな大物の俳優さんだったなんて」
「いいえ、自分はまだまだですから」


がちゃり


ドアの鍵が勝手に回って外れる。

「わざわざ有難うございます。管理人さんが良い人で本当に助かりました」
「いいえ。そんな…じゃぁこれで失礼します。成瀬さんにもどうぞ宜しくお伝えください」
「はい、それじゃ…」


磯前の社交的な笑顔と丁寧な言葉づかい…
初めて見た…

ドアが閉まった瞬間、「チッ、何てよく喋る管理人だ…」と素に戻って悪態をつく。

間違いなくおっさんだ。
この柄の悪さ、おっさんに違いない…


「さてと…。おい、成瀬。
居んだろ?さっさと面見せろ」


「…にゃぁぁ」
(…ここだって)


-------------------------------------------------------


足もとで猫の声がした。
見ると、黒と灰の縞猫がいた。

アーモンド形のちょっと生意気そうな目。
それは想い人に似た雰囲気で、つい釘付けになる。

「お前か…電話口で散々鳴いてたのは…」

手を伸ばすと大人しく撫でられる。
むしろ擦り寄ってくる。

「おい、お前の御主人はどこにいる?
一緒じゃねぇのか?」

それまで目を細めて気持ち良さそうに撫でられていた猫がピクリと止まり、こちらをジッと見上げてくる。

「…うにゃ〜ん…」

何でか切ない鳴き声だと思った。
何か訴えかけてくる。

「ま、居ないならそれはそれで仕方ねぇ…。
よ、猫。お前の城に少し邪魔させてもらうぜ」

そう言うと靴を脱いで部屋に上がる。
そして目の当たりにする惨状…

「…この悪ガキ。ご主人様がいねぇと思って好き勝手し過ぎだ」

ガシガシと強く撫でられる。

正直、痛い…でも嬉しい…

「ま、あいつが驚く顔見るのも悪くないんだが…片付けておいてやるか」

そう言うと磯前はまず適当なタオルを脱衣所から持ってきて、濡れた床や壁を拭き始めた。

「ふにゃぁ、にぃ〜…」
(ごめん、俺…)

「ん?何だ、遊んでほしいのか?今、お前がやらかした悪戯の後始末してんだから、大人しくしてろ。
終わったらたっぷりと遊んでやるから」

「うに…」
(ダメだ…)

このままじゃ埒が明かない。
何か方法はないか…


ヒントを求めて部屋を眺めてみる。

散乱したCD、DVD、台本、書き込み用の鉛筆、脱ぎ捨てられた服、舞い散る猫毛…

……!!

これ、使えるかも…


漁ったカバンから投げ出された鉛筆をくわえる。


あと、紙…
何かないか、何か…

あ、あれ!

やっとの思いで見つけたのは…その昔、斑井に押しつけられたサイン色紙。


ゴミにせずに良かった〜

色紙を床に落とし、その上に乗る。
鉛筆をくわえたまま首を傾げて縦にすると、猫手を上下に添えて操る。

何度も鉛筆が転がってなかなかうまく書けない。
でも諦めない。
磯前に伝えるためには…これしか…

「おい、猫。お前何やってんだ?」

台所の床と壁を拭き終え、さらに脱衣所のタオルを畳み直した磯前が部屋に戻ってきた。

「……。」

黙々と作業を進める。
ただならぬ様子を感じ取ったのか、磯前が覗き込む。

「な…お前…」

色紙には

『オレ ガ ナルセ』

そこまで書き上げると、磯前の方を見る。

「にゃにゃにゃ?」
(伝わった?)

不思議なものを見る目で、猫と色紙を何度も見比べる。

「これ、お前が書いたんだよ…な?」

コクリと頷く。

「猫にこんな芸を教え込むことって可能なのか?」

「にゃ〜〜!!」
(違うってば!!)

毛を逆立てると「そう怒るなよ、短気な奴だな…」と抱きあげられる。


「ま、常識的に猫が紙と鉛筆使って文字書くとは思えねぇ」

「にゃう?」
(分かってくれた?)

「しかし…人間が猫になるって方がもっとありえねえ話だよな?」

「みぎゃぁん!!」
(好きで猫になったんじゃねぇ!!)

「怒りっぽい猫だな」

「…うにゃぁ!にゃぁ、にゃぁ〜ん」
(…猫じゃねぇって!俺だからな、気づけよ)

「あ〜はいはい。そう暴れんなよ」

抱きすくめられる。
服から煙草の匂いがする。
本当に今、磯前がここにいるんだ…
そう実感すると、やっぱり嬉しくて気が抜けてしまう。


「こら、くすぐってぇ…そんな擦り付くな」

「にゃぁ…」
(甘えたいんだもん…)


人間の時なら言えない事も今なら言える…


「にゃぁ〜ん、にゃぁ…」
(来てくれて、ありがとな…)

「そんな目で見るなよ、成瀬…」

「…??」
(え??)

「お前、成瀬なんだろ?
自分で言っといて驚くなよ」

「…みぎゃ?」
(…信じてくれんの?)

小首をかしげて見上げると、磯前の目が合う。
ガシガシと大きな手で撫でられる。

「とりあえず事情聴取だ。俺が聞くことにyesだったら1回、noだったら2回鳴け。分かったか?」

「にゃぁ」
(うん)

「いつから猫になってんだ?昨日か?」

「…にゃ、にゃ…」
(たぶん、違う)

「それより前か?」

「にゃぁ、にゃぁ〜ん!」
(絶対に違う!)

「ってことは今朝か?」

「…にゃぁ…」
(…たぶん)

「そうか。で、心当たりはあんのか?」

「にゃぁ、にゃぁ…」
(まったくない)

「猫に恨まれることでもしたのか?」

「にゃ〜にゃ〜!」
(何もしてねぇよ)

「血筋的に猫憑き?」

「にゃ!にゃっ!!」
(うちは至って普通な家族だ!!)

「分かったから、そう興奮すんな。
お前の叔父さんがなかなか立派な趣味してるから、つい…な。
何か、黒ミサとかで呪いとかしそうだろ?」

「…にゃぁ…にゃぁぁん…」
(う、否定できない…)



シーンとした部屋にオルゴール調の独特のメロディが流れる。
一時期、リディレクターズカット版が有名になったホラー映画。
磯前も聞いたことがある。

『エクソシスト』のテーマ曲。


不穏な気配を漂わせるメロディに渋面を作る。
床に落ちていた成瀬の携帯を磯前が拾う。
ディスプレイには…


「公康おじさん」


と表示されている。



「出るぞ…」


ピッ


「あ、壮一郎?
元気にしてるかい?」


「……。」
「……。」


「相変わらず寡黙だねぇ。もう少し社交性が必要だな、お前には。
で、あぁそうそう。体に変化はないかい?」

「…あ?」
「…にゃ…」
(…まさか…)

「昨日、面白い呪術の本が見つかってね。
『人を獣化する方法』ってのがあったから、近所の野良猫の毛を拝借してお前に猫化の呪いを掛けてみたんだが…
こうして電話に出れるくらいだし、失敗したんだね。
残念だ…お前から獣の尻尾と耳が生えたら可愛いと思ったんだがねぇ…
あ、ちなみに髭はオプションとしてあってもなくても可だね。
でも、耳と尻尾は譲れないな」


磯前が小声で成瀬に囁く。

「今、こいつは何をしゃべってる?」

成瀬は黙って項垂れる。
もう原因は分かりすぎてしまったから…

「本当に残念だよ。
首輪と鎖まで用意してたのになぁ」

磯前の顔がますます険しくなる。


「…ぶにゃぁぁぁ…」
(こんなのが叔父だなってヤダ…)

「ちなみにその呪いの解き方は、最愛の人の口づけなんだよ。
実にロマンチックだろ?
私がお前に口づ…」


ピッ!


話の途中で磯前が電話を切る。


「お前もつくづく不運な奴だな…」

「…にゃぁ」
(…言うな)


「ま、口が軽い奴で助かったな。
呪いの解き方、勝手に教えてくれてよ」

「にゃ?」
(え?)

あ、そう言えば何か言ってたな。
最愛の人の口づけとか何とか…

って…

ええ!!??


「ま、そういう訳だし。やってみるか…」


何となく逃げ出そうとした体を磯前に捕まえられ、顔を無理やり固定される。



「俺のキスで呪いが解けたら…お前の『最愛の人』は俺って事だな」

「…っ!!」


両手を突っ張るが人間の男である磯前に敵う訳もなく…





「…どうだ?
変化はあるか?」

唇が離れたものの、至近距離で見る磯前の顔に体温が上がる。
ついでに動機も激しくなる。

湯あたりしてのぼせた様な状態で、そのまま動けなくなって最終的には意識が遠のいていく…


(くそ…俺、おっさんの事、意識しまくりじゃねぇか…)


この思考を最後に完全に意識が途絶えた。









目を開けるといつもと同じ景色。
いつもと同じ感触。

見慣れた白い天井。
ふかふかのベッド。


何か忘れてる気もするけど…


とりあえず、体を思いきり伸ばす。
関節が伸びて気持ちがいい。



何か、嫌な夢を見ていた気がする。
けど、最後はちょっと得した気分っていうか、何ていうか…
思い出して、顔が赤くなる。



「一人で何にやついてやがる?」

「え?」

不意にかかった声で慌てて起き上がる。



「ようやくお目覚めか?眠れるお姫様…」

厭味たっぷりに笑う磯前が目の前に居る。
ってことは…


あれは夢でなく…


現実????



「俺ので…見事、ご生還だな」

「なっ…」

何か反論したくても何も返す言葉がない。


「ま、俺は結果的に満足してるが…」

「え?」



磯前が手を伸ばしてくる。
頬に低めの体温が伝わる。


「お前は俺のものだ…
それが証明された。それだけで満足だが…」


「何を…」


「どんなに憎まれ口叩いても、そんな可愛いもん見せつけたままじゃ誘われてるとしか思えねぇな」


磯前の視線が下がるのにつられて自分も下を向く。


「〜〜っ!!」


慌てて布団の中に潜り込む。
シーツを被って顔だけを出す。


「何で服着てねぇんだよ!」

「猫になった時に脱げたままなんだろ?」

「だったら、人間に戻った時に着せてくれたって…」

「んな二度手間誰が踏むか」

「二度手間って…」

「着せたって、お前が起きたらどうせすぐに脱がすんだ。二度手間だろ?」

「脱がすなよ!」



磯前が成瀬の顎を掴んで上を向かせる。


「厭か?」

「な…」


ずるい…
そんな真剣な顔で見つめてくるのは反則だ


「俺に抱かれるのは厭か?」

「だ、誰もそんな事は…」

「なら、好きか?」

「ば、何言って…」


顔を背けたいのに逃げられない。


「反抗的なのも嫌いじゃないが、たまには素直な言葉が聞きてぇ…」

「……。」

「今日、お前が電話に出ない間…
お前が、猫になってる間、俺がどんな気持ちで居たか…想像できるか?」

「……。」

「お前が悪いわけじゃねぇ。
でも…それじゃ納得できねぇんだよ…」

いっぱい心配させて、
いっぱい不安にさせた…


「ご、ごめん…俺…」

「俺が聞きてぇのはそんな言葉じゃない」

「……。」

「……。」

「……。」



溜息が一つこぼれる。

成瀬を掴んでいた手が離れる。


「悪かったな、困らせて…」

ベッドから、
成瀬から、

離れて背を向ける。
磯前に声を掛けたいのに、うまく話せない…

だけど

こんなのは厭だ…





ジャケットが何かに引っ掛かったような感じがして振り向く。

体にフィットするジャケットが後ろに広がっている。
いや、正確には…

掴まれている。


成瀬の手に…




「いやだ…俺から離れないで…」



素直になれない、精一杯の告白。
裾を掴んだ指先が微かに震えている。



俺も大人げない…
でも


こいつ相手に余裕なんてない…


いつだってコイツは俺の本能を、理性をかき乱す存在だから。



言葉が意味をなさないとしても、

嘘が吐けないコイツにどうしても言わせたい言葉がある…


でも、今はまだこれで我慢するとするか…


『俺から離れないで』


その言葉だけでも十分、伝わったから…





掴んだ手を握り返して、抱きしめる。


「お前は俺のものだ…」


腕の中で、成瀬が小さく頷く。
こんな醜い独占欲すら、あっさりと受け入れてくれる愛すべき存在。



ゆっくりと体を横にし、そのしなやかな体を上から見下ろす。
恥ずかしさで潤んだ瞳に見つめられれば、たやすく理性が吹き飛ぶ。



「今日は一日、ここで過ごすからな…」


首に回された腕が了承の意を伝える。





磯前が満足そうに微笑むのが分かったから…
安心して身を任せる。


俺は、
あんただけのものだから…

だから、

俺を離さないでくれ…





熱に浮かされて、その日のことは覚えていない。
ひたすら愛しい人の鼓動を感じていた。




【了】







『Wheel of Fortune』のにゃも様より、MEちゃん快気祝いとして頂きました!
もう、ほんっと有り難うございます!

まさか、MEちゃん復活のおかげで、こんな素敵な暗椿が頂けるなんて・・・!!
もう1回ぐらい壊れてもらおうかと思案中です(ヲイ/笑)
てか、もうなんですか!?何この素敵に無敵な暗石さんわああっ!!
本気で、鼻から出血する勢いでした(笑)
そしてこの椿猫ちゃんの可愛らしさったら!!欲しいいいっ!!
自分の腎臓売ってでも買いたいぐらいデス(笑)

にゃも様、こんなに可愛いくてあったかくて鼻血モンのお話を頂きまして、誠に有り難う御座いました!!

『Wheel of Fortune』様には椿くんの一度目の受難のお話しや、その他色々素敵作品が満載です!
但し鼻血注意報アリ!(笑)

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