溷ノ章

*陸 霎-ソウ-
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ぽーん…



調律の施された音が、ジョンの指から綴られる。
その澄んだ音が今までざわついていた場を一気に持っていった。

ゆっくりと、優しく、余韻を残しながら感情を現すように轢く動作は、最早彼の世界で、

「ほう…これは中々…」

誰かがそう言葉を漏らした。

「まだ9歳で此処までとは…素晴らしい才能だ」

「両親が共に学者だからね…親に似て頭が“機械”にならないようゆとりを持たせたのがきっかけらしいよ」

「なるほど、ゆとりを与える音楽だからこそピアノと歌に…親御さんも考えていらっしゃる」

「ジョンくん、もしかしたら将来はピアニストかもしれないわね」

「バカ言うな。あの歳でIQ180以上だぞ?親の後を追うに決まっているさ」


その時、


サンディの歌声が一気に家中に響いた。


さわさわとざわついていた客たちが、さらに引き寄せられて生唾を飲ませ、釘付けに、なる。


よく延びる声

優しいビブラート

確実な音程


ジョンが敷いたキャンバスに色を着けるように、
音律に合わせて彼女の透き通った歌声が鼓膜を震わせた。

「この歌は…」

「アメイジング・グレイス…」


サンディが一番好きで、一番歌いやすい音。


   ――Amazing Grace,how sweet the sownd
   アメイジング・グレイス その美しい響き


   That saved a wretch like me.
   私のような堕落した者も救ってくれた



「はぁ…更に色がついたな」

「俺音楽は素人だけど、今凄い鳥肌がたってるよ…」

二人は本当に二つで一つのような存在だった。

ジョンは冷静で判断力に長けているが感情が上手く表せずに固くなる。
サンディは要領は悪いが人を言葉や雰囲気で引き付ける才能がある。

どちらも欠けてて、そしてどちらもそれを補っているのだ。

無意識の内に、ごく自然に。

この音も、二人が重なって初めて完全なものになる。

人を引き込み、注目を集めれば、魅了する。


完全に二人あっての完璧な世界だった。






**


「お風呂入っちゃいなさーい」

時は過ぎて、パーティはお開きとなった。

結果を言えば二人の舞台は大歓声を収め、褒め称えられた。
すると我に帰ったようにサンディは頬を赤く染め、逃げるように母親の後ろに隠れてしまう。
今までの堂々とした態度は何処に行ったんだと、ジョンは苦笑した。

人が帰った後のリビングはまるで抜け殻だ。
食い残しやクラッカーの残骸、部屋を装飾していた飾りがイベントが終わった事でただ寂しく残されている。

そんなリビングを食器を重ねて運んでいた母から父親と談義していたジョンへ入浴するようにとなげかけた。

「そーじは?」

「そのくらいママがやるわ。たまにはママらしいことをやらなきゃね」

母さんらしいことってなんだろう、とジョンは思う。
だってそうじゃないか。
母さんは母さんなんだから“らしく”なんて、なんだか変な感じだ。

「よしジョン、じゃぁパパと入ろう」

「えー…」

ふと疑問に思ったジョンだったが次の父親の発言に更に顔を渋らせる。

「あらいいじゃない。じゃぁ二人で入ってきて」

「ほーらママもあぁ言ってる」

「いやオレ今ほうきで床を掃く仕事を遂行しなきゃ…」

「じゃぁ、それわたしがやる!」

「っあ!?」

わざとらしく手に持っていたほうきを動かしているとやや乱暴にサンディが奪い取った。
なにすんだ、とでも言いたげなジョンの顔を見るが、彼女は自信あり気にほうきを握りしめて目を輝かせている。

気を効かせ、良いことをしたと思っているようだ。

「〜…」

あぁだから、彼女の純粋さには勝てないのだ。

「…おっけー、分かったよ」

「よし、じゃぁママ、サンディ、後はよろしくな」

「っわ!」

そう言うや父親はひょいとジョンを俵担ぎに抱き上げると入浴室へと向かっていった。

「やだ高い!自分で歩けるからぁ!」

「たまには甘えろ甘えろ」

わー、ぎゃー、と騒ぐ声がまだ聞こえてくる。
楽しそうなふざけあいが、此方まで可笑しくなって母親とサンディは二人で微笑んだ。




 
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