溷ノ章
□*陸咄 霎-ソウ-
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12月2日
雪はもう11月の下旬あたりから降っていた。
今年は地球温暖化かオゾン層破壊が原因か知らないけど季節の流れがバラバラだ。
まぁ、だからどうするでも無く知識の一つとして考えていただけなのだけれど。
「ジョン…?」
「…」
チラチラと降り注いでいる雪を窓越しに見ていたら、後ろから伺うような様子で自分とよく似た声が自分の名前を呼ぶ。
誰なのかは分かっていたから面倒臭そうに振り向けば、身形も容姿も大差の無い自分の妹が今プレゼントで貰った一抱え有るほどの大きなクマのぬいぐるみを持ってコチラを見ていた。
「…なに?」
「戻ろうよ…あっちに…」
「…」
あっち、と言うのはパーティーが行われているリビングだ。
デジカセにはクリスマスに定番の陽気な音楽が掛けられていて大勢が賑わっている。
「…、後で行くよ」
「それさっき五回もゆった…」
「…そうだっけ?」
「ん…」
「…」
あぁ、めんどくさいなぁ…
「何もオレが行かなきゃサンディも行っちゃダメとかじゃないんだから、お前だけで戻ればいいじゃんか」
「だっ!だって……だって…」
それだけ呟くとクマをきゅっと強く抱いて俯いてしまう。
分かってはいるんだ。
サンディが極度の人見知りなんだって事は。
大方、見ず知らずの大人に話し掛けられるのが嫌なのだろう。
両親は高校の理数系の教師と大学科学部の教授で、家を空けがちでいる。
だから忙しい中自分達の誕生日パーティーを設けてくれたのは正直嬉しい。
だけど、パーティーに呼んだ人達がいけなかった。
今回オレ達の誕生日パーティーの参加者は殆ど父さんや母さんの同僚だったりする。
その同僚仲間の子供はちらほらと来ているけど、その輪にサンディ一人で入れるかどうかと聞かれれば、中々難しい物であって。
「…分かったよ。戻ればいいんでしょ、戻れば。」
色々思考した結果、自分があのどんちゃんした中に戻るしかなさそうだ。
サンディが何時までもこの状態でぐすぐすされても困る。
「――あっ、ありがとう!」
「あーはいはいくっつかないで。」
嫌々と言った感じに仕方なくリビングに足を運ばせる。
大人達の中に混じればすかさず「何処行ってたの」とか、「これ美味しいわよ」とか、休みを置かずに話し掛けられた。
まぁ、9歳なんて年大人から見ればまだまだ可愛い頃なのかもしれない。
ここで愛想でも撒いてやれば良いのかもしれないけど、生憎そんな高度な演技は持ち合わせていない。
自分だって人間関係には不器用な方で、ただツンと黙って降ってくる台詞を受け流すばかり。
そんな態度いけないとは何度も両親から言われている。
あーあ、死ぬほどめんどい。
人間観察なら構わないのに。
「…っ、サンディ痛い…」
「…、」
中々動かずオレが突っ立っているものだから後ろに隠れているサンディが緊張からか強く手を握って来た。
…もう。
そんなに怖いならなんで戻ろうなんて言ったんだ。
「サンディ」
「!」
固まっているのを見兼ねてか、大人達の輪を割いて母さんが屈んでオレ達に話しかける。
清楚に纏められた髪と薄い化粧を施している綺麗な女性で、また母でありながら教師として活躍している。
そんな美人で優しくて、カッコイイ母さんがオレとサンディは好きなんだ。
だから今、何を言うのかと思ったら、
「折角なんだから、お歌を歌ってみない?」
「え!?」
これだ。
「母さん…」
「あらいいじゃない。ね?ジョンが伴奏するから」
「は!?」
「“は”じゃありません。いいじゃないジョン。サンディをリードしてあげて」
何を言い出すんだ何でそうなるんだ。
確かにサンディは歌が上手い。
オペラコンテストのジュニアコースにだって幾度か入選はしている。
だけど人見知りな彼女が、舞台でもない限りこんな大勢の前で歌えるわけがない。
そしてオレを巻き込まないでほしい。
「…」
ほら困ってる。
急に何を言い出すかと思ったら、無茶振りすぎるだろ。
「いいんだよサンディ。嫌なら嫌で母さんに気を遣うこと――」
「…やる」
「そう、だから……え?」
「ジョンが演奏してくれるなら、わたし、歌う…」
「…」
おいおいおいおい。
「決まりね。じゃぁみんなに聞いてもらいましょう。いいわねジョン」
「…」
「ジョン?」
「…分かったよ…」
こうして急遽、母さんの無茶振りとサンディのやる気によって、オレ達はピアノのある場所へと移動した。