家宝

□「それってテレ隠し?」
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―――マーくん















―――マーくんっ















うるさいとはねのけても。

鬱陶しいと追い払っても。

しつこいと無視しても。

けど、お前はそんなのお構いなしだったんだよな。















―――ねえ、マーくん















嗚呼、これはいつの記憶だろうか。

そんなこと、まったくもって憶えちゃいないけれど。

でも、なんだろ。

俺は、意外と―――















069: 「それってテレ隠し?」   『追憶の音色』















「マーくん!」

「……」

「マーあーくーん!」

「……」

「おーい! マーくんってばぁー!」

声、だけでなく、呼び名、だけでもなく、音でわかった。

ぱたぱたという足音に載せて、りりん、りりん、と鈴の音色があわせて奏でられている。

そして、そう間をおかずパッシィィン!と背中に衝撃。マスターの背中をヒリヒリとした痛みが襲った。

「ってぇ…」

「おいっす! 今日も元気かなッ☆」

「痛いんですけど…」

「って言っても朝も迎えに行ってあげたんだけどね〜。いやぁ私偉い!」

「…聞けよ」

「マーくん肉無さすぎなんだもん。今度プロテインスープ肉鍋でも作ってあげようか? ほら、うら若き女の子たるもの、手料理くらい作れなきゃね」

「いらん」

下校時間であるということを思わず忘れるような騒々しさ。無視する勢いでスタスタと歩いてゆくけれど、翠華は構わずついてくる。

というかそれってそもそも食べ物なのか。

「でも、男一人の下校なんてむさくて寂しいねえ。せめてシッくん呼ぶとかモルゴさん呼ぶとか漣条さん呼ぶとか」

「結局男ばかりだろ。というか余計なお世話だ」

「まあまあ。いいのだよ? 私と帰れること素直に嬉しいと言っても。大丈夫、友達にマーくんと付き合ってるとか家知ってるとか付き合ってるとか言いふらすつもりないからね」

「……」

二回言った。二回言ったぞコイツ。

明らかに楽しんでるな。

「でも、マーくんモルゴさんにお迎え頼んだりしなかったんだ? 朝なんて車乗りたいってぼやくのにねぇ」

「……とりあえずマーくんってのやめろ」

えぇー、と不満顔全開の翠華。しかしすぐに、あ!と右掌を左の拳でぽかんと叩いた。

「じゃあじゃあ、マーたんっていうのはどう!? 流行を先取りだぜイェイ!」

「ふざけろよ!」

「マーぁーたんっv」

かちーん、と、きた。

「そういや今日は西の瓜の特売だってモルゴが言ってたな」

ぞくり←寒気

「……うふふ。マーくん、夏といえば割らなきゃネv」

すちゃり←装備の音

「……待て、そのどこからか取り出した釘つきバット、明らかに俺の頭を狙ってるだろ」

おかしいな、と頭の隅の方で思った。悪いのは自分なのか?

しかしこの場に答えを教えてくれる第三者はいないし、唯一いる自分以外の人間は自分が正義だと確信している。

正義のための殺戮。戦争とはなんと惨い。

―――じゃなくて。

「わかった…わかったから、わかったからすんませんごめんなさい」

「……次言ったら五階から落としたトマトじゃ済まなくなるからね。君の大好きなケチャップにしちゃうぞ★ マーくん?v」

語尾の『★』やら『v』やらがあまりに白々しくて、冷や汗をこっそり拭いながらマスターは溜息を吐いた。

しかし、ふと思い出す。どうして自分はこんなにしつこくて鬱陶しくてうるさいのと、下校を共にしているのだろう。そもそも学校だって面倒なのに。

そういえば言われたとおりだ。迎えを来させれば、こうしてだらだらと歩いて無駄な時間を浪費することもない。なのにどうして、自分は今も1人でまた話題を変え話し続けている女と並んで歩いているのだろう。

そもそも自分が気付かないはずはないのに。

気付かないはず……










―――……気付いていた、から?










「無い無い無い」

マスターはぶんぶんと首を振って全力否定した。隣できょとんとした翠華が覗き込んできて、顔を背ける。

「どうしたの? マーくん」

「別に」

「何が無いの? さっき私が提案したプロテインスープ肉鍋にチョコレート入れるかどうかってこと?」

「……」

それは食べ物以前に罰ゲームと言う。

というツッコミは、どうしてかできなかった。

「…あれ、マーくんなんか変な顔してるよ。こう…何かに気付いたけどそんなわけは〜みたいに否定したい、みたいな?」

「……」

「それか、その否定したいけどできないな〜ってわかっちゃったことが悔しい、みたいな?」

「……」

「それか、」

「もういい」

悪意はないけれどふらふらと行く手を邪魔する蝶を追い払うように、しっしっと軽く片手を振った。

「わかったから、探りを入れるな。顔を近づけるな。くっつくな。うら若き女の子が聞いて呆れる」

「まあまあお気になさらずに。なんだかんだ言ってぇ、マーくん私のことスキでしょお?」

「は?」

「私といると楽しいでしょー。ドキがムネムネするでしょお〜?」

「……古い」

「んまぁ口がお上手っ!!」

唐突に言われた一言に頭がついていかず毒気を抜かれて思わずぽかんと間抜け面と自負する表情を晒したが、やっぱり続いた言葉からうら若き以下略を求めるほど翠華にそんな素質は感じなくて、感想を言えば背中を平手で叩かれた。

背中に掌の跡が残っていないか心配だ。というか今の全力だったろ。

「まったくもう、マーくんは初心だなぁ。それってテレ隠し?」

「は? 違…」

「照れるな照れるな。さっ、帰ろう? 漣条さんが今日のおやつはカスタードプリンだって言ってたんだあ。マーくんも一緒に食べる?」

本人がどこからどこまでが冗談なのか単なる意地悪なのかわからない。ついでに意味も知らない。知らないんだ、そんなもの。

けれど、帰ろう、と先に駆け出した少女の艶やかな黒髪が風にふうわりとなびいて、ちりりん、と鈴が鳴って。

俺は、意外と―――

「いらんっ」

溜息で押し出すように答えてけれど何故かついていく自分の目に、まるで二つの色を持つ花のように咲いた笑顔が、どうしてかひどくひどく眩しかった。















―――マーくん










りん










―――マーくんってば










り、りん















「―――嫌いでは、なかったんだけどな」

空気を読まない騒々しい当主を永遠に失くした広すぎる屋敷の中、永久の別離のものの割に温度もなく零れた言葉。

自分はあの時、照れていたのか?

そんな感情を、本当に忘れずにいたのか?

問いかけるけれど戻ってこない。

好意を表す言葉なんて彼の語彙にはなかったけれど、その気持ちがあると教えてくれたのは、きっと貴女だった、のに。

その青と翠の笑顔に、もうこの手は届かない。










りりん、とどこか遠くで、



鈴の音が聞こえたような、



気がした。










おわり



あとがき
百合様宅の素敵オリジナル小説に惚れすぎて勢い余って勝手に書いてから捧げる許可を頂いたものです←
な の に !! マスターさんかっこよくない翠華ちゃん可愛くない…(汗)
本物は本気でかっこよくて可愛いんです! そんな素敵サイト様には『脱出口』から行けます!

※この小説はPlastic Pola star 様からお題をお借りして書きました。

2009.09.04





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ふごぉぉっ…!
い、依織様から私の子を奏でて頂いちゃいましたっ
依織様の綴る文面はキャラクターの心情を深く読み込んでいて話の繰り出し方が本当にお上手で私もそんなふうに書けたらと刹那に願っております。

…と言うか私が書く以上に可愛くなって来ちゃって…!
二人とも依織様の養子になりなよ!

依織様、ありがとうございました!
再び機会がありましたら遠慮無く使っちゃって下さいネ!←

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