小説

□Je te veux
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    ――独白(淳)――

「達哉…ずっと、持っていてくれたんだ…」
「あたりまえだ…」

少し怒ったように、小さく呟く君。
でも。
その目は今にも泣きそうに潤んで、
溢れてくる感情を隠すように、ぎゅっ、と握り締めたその手の中には、銀色のライター。
十年前、僕が君にあげた、宝物。

そして、君は代わりに自分の宝物の時計をくれたんだっけ。
『あの日』以来止まっていた時計が再び動きだした。
けれど僕は、
その事よりも、君が、
僕が君にあげたそのライターを、肌身離さず持っていた事に、なんとも云えない悦びを感じる。

何も憶い出せなかった時でも、ずっと。
ライターをいじるのが癖になってるくらい。
どうして大事だったのかは忘れてしまっても、
そうやって、何かあるたびに。
お守りかなにかみたいに、鳴らしてみたり、握り締めたりして。

手の中にそれがあると安心するみたいに。

きっと、無くなったら不安になるくらいに。

無意識にまで浸透して、君の一部になってしまった、銀色の塊。
でもそれは、君の一部にまでなった、それは。
君が何度も、無意識に縋ってきた小さなその物体は。

僕が、君にあげたものなんだよ。

どうしても、君に持たせたかったんだ。

あのとき君は惜しげもなく、君が父親から貰った時計をくれたっけね。
なんにも判らない子供だから、しょうがないとは思うけど、お父さんには怒られなかった?
物の価値は決して値段じゃないから、そんなに気にはしないけど、
あの時計の値段なんて、君にはどうでもいいんだろうし、僕もそうだけど。
あの時計ってね、結構高くつくんだよ。
君は知らないだろうね、多分一生。
自分が他人にあげたものの行方なんて、気にしないだろうし。
何も判らずにひとにあげちゃうんだからさ。

だから、さ。

今度は何をあげようかな。
僕が何かをあげるたび、それが君を侵食して、
そのたびに君は、僕に何かを明け渡して、

いつか君の全てが、僕の手に堕ちればいい。
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