小説

□何でもないイチニチ。side“K”
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邪魔をする者もいなくなったので、残務処理もほぼ予定通りに片付いた。
克哉は必要な分をプリントアウトして、電源を落とした後で……
膝の上の重みと温もりに苦笑した。

克哉の膝を枕にしたまま、達哉は本格的に寝入ってしまったらしい。
よくこんな不自由な体勢で眠れるものだと、今更ながらに感心する。

思えば、小さな頃から達哉はいつもこうして、
克哉が宿題をしていたり、勉強していたりする時に限って、何だかんだと纏わりついてきたものだった。

克哉はやむなく幼い弟を膝に乗せたまま勉強するのだが、達哉が大人しく膝の上に納まっているかと言うと、決してそんな事は無くて。
「お兄ちゃん、これどういう意味?何て書いてあるの?」
いちいち教科書やノートを指差しては、こちらを振り返って訊ねてくる。
克哉が答えてやると、達哉は大して興味なさげに「ふーん」と気の無い返事。
実際、興味があるわけでは無いのだ。

7つも歳が離れていれば、達哉に理解出来ないのも当然の事で。
かといって、いい加減な答え方或いは完全に無視を決め込むなどすれば、本格的にむくれた達哉は、机の上によじ登ろうとしたり、突っ伏したり。
要するに、克哉が自分以外のことに集中しているのが、幼い達哉には気に入らないだけの事なのだ。
自分の方に関心を向けようと必死なその姿は、可愛いと云えばたしかに可愛い。
大きくて、内面の感情をよく映し出す鳶色の瞳が、拗ねたように、それでも真っ直ぐに見上げてくるさまは、それこそ仔猫か何かの愛らしい小動物のようで。

だが。
はっきりいって、克哉にとって非常に迷惑なのも事実である。
「達哉」
少し厳しい表情をつくって、低い声で叱り付けると、達哉はほんの少しだけビクッ、とする。
「そんなに邪魔ばかりするんだったら、出て行きなさい」
「………」
一応、素直に膝から降りた。
目が、完全に拗ねている。

だが部屋からは出て行こうとせずに、クッションを抱いたままカーペットの上に寝転がってしまった。
「達哉」
「じゃましないもん。ここで寝てるだけだもん」
克哉にしっかり背を向けたままで。

まったく。
小生意気にも口答えなんかして。

憎たらしい。

とは、その時少しも、思わなかったのに。

不意に込み上げてきた、その感情を、克哉は未だに分類出来ないでいる。

余りにも可愛かったとか、そんな事は理由にならない。

余りにも可愛くて愛しくて、このまま踏み潰したくなったなんてそんな事は。

幼い達哉はそうしている間に、本当に寝付いてしまった。
勿論踏み潰したりする訳は無い。
ベッドへと運び、上からタオルケットをかけてやって、克哉は改めて勉強の続きに取り掛かった……。
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