小説

□Je te veux 2
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馴染の喫茶店は、いつも通り静かだった。
音量を絞ってあるBGMはサティの曲で、それが「ジムノペディ」だったりしたらベルベットルームみたいでちょっと嫌かも知れないが、幸いにも?かかっていた曲は「ジュ・トゥ・ヴ」。

正にお誂え向きの曲じゃないか(タイトルが)。
それはともかく。

「ごめんね、急に呼び出したりして」
「別にいいけど、用って何」
達哉の中には、『特に用も無くただ会いたいから会う』と言う発想は無いらしい。
別に恋人同士でも無いから、それは当然の考えではある。
達哉のそういう反応が判っているから、淳も用も無く達哉を呼び出したりはしない。
今日はちゃんと、大事な用があるから、呼んだのだ。

「達哉に似合うと思ってさ」
似合わない訳がない。
あれこれ吟味したのだ。

勿論、普通の家庭環境に無かった淳にとっては、そのネックレスの値段などは三の次くらい、いや論外だった。
それが喩え文字通り今時の地方公務員の給料三ヶ月分を上回っていたところで、淳にとっては大した問題ではなかった。

それよりも、問題は。

達哉が、何か云いかけた。
困ったように、申し訳無さそうに、長い睫毛を伏せている。

その表情だけで、達哉が何を云わんとしているのかが判った。
物に対して関心の薄い達哉にさえ、これが半端な値段でないことが判ったらしい。

一方、淳の経済感覚は、一般庶民とは程遠い。
が。
達哉がどう思うかぐらいは判る。
いや、達哉の事しか判らないと云うべきか。

それはともかく達哉の感情の動きについてなら本人よりも詳しい淳は、
「気に入らないかも知れないけど…どうしても、君にあげたくてさ」

少し淋しげな微笑ををつくってみる。
伊達に女優の息子だった訳じゃない。

そして、駄目押しのこの言葉。
「誰かの為にプレゼント選ぶのが、こんなに楽しいなんて思わなかったよ」

ちょっとだけ、クリスマスだ誕生日だって騒ぐ女の子の気持が、判った様な気がするな。

今度は、演技の必要は無かった。
楽しかった、のは本当だ。
プラチナの鎖は、達哉を縛る糸。
モノでつる、とかそう云う発想ではない。
ただ、出来る事なら、首だけでなくて、
その細い手首にも、脚にも、鎖を巻いてしまいたいと。

手首は、意外に細いから、
逆に少し太さのある鎖がいいかな、とか。

ピアスなんかは、すごくいいんだけど、多分頷いてくれないだろうな、今は。
でも当然、開けるときは針だよね。

などと色々考えて、本当に、愉しかった。


勿論そんな事とは、達哉は知る由もない。

達哉は自分で思っているより遥かに、淋しさに弱いし。
淳の、いかにも孤独な少年時代を匂わせる言葉と態度に、自分の孤独だった時の事をシンクロさせているのだろう。
ありがと、大事にする、そう云って受け取った笑顔が少し痛々しい。
その笑顔に、またクラクラきてしまう淳だった。

首尾よく、受け取らせればこっちのもの。
「良かった」と満面の笑顔で。

今思いついたかの如くに、つけてあげる、と提案した。
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