小説

□Je te veux 2
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「え?ここで、か?」
うろたえる達哉。
脅かされた猫のように、大きな眸を見開いている。
なんて…愛くるしい。

これは。
ほんの少しくらい、苛めても罰は当たらないでしょう。
悪いのは、君なんだから、ね。

「だって、ホントに似合うと思うからさ。つけてるトコ見たいんだよ」
似合う事は判り切っている。勿論口実だ。
自分で、と云いかけた達哉の抗議を、淳は勿論却下した。


ちょっとごめんね、そう云って淳は達哉の後ろに立った。
鎖を首の後ろに廻しながら、その手で達哉の後ろ髪を掻き分ける。
滅多に晒される事の無い、細い項は白くて、淳は鎖を留めるフリをしてそっと指先で触れた。

「…っ」
達哉が、息を呑むのが判る。
首は、彼の弱点の一つだ。

自分が仕掛けたささやかな罠に嵌まって、素直に身を委ねている彼に、更なる嗜虐心が湧く。

「緊張しなくていいよ」
緊張している訳ではないのは、百も承知で。
至近距離、耳に触れるか触れないかの微妙な距離でわざと云ってみる。
一瞬、達哉は微かに身を強張らせた。

そういえば。
耳もかなり弱かったよね。
勿論知ってたけど。

周囲には、何組かの客がいた。
ウェイトレスの姿は、今は近くに見えない。
こちらのほうを見ている者は、今のところは誰もいない。

今のところは。
もし達哉が振り払って席を立てば、話は別。

「まだ、動かないでね」
この状況を、もう少し愉しみたい淳と、
この状況を恥らう達哉。

当然、淳の愉しみは殆ど、達哉の反応にあった。

ネックレスの留め金に専念するフリをして、達哉の表情をそっと窺う。
なるべく、なんでもないって表情をして、眸を伏せてはいたけれど、
長い睫毛の影が落ちる目許が、うっすらと紅く染まっていた。
それが喩えようも無く艶めいていて、淳を煽る。
「この留め金が、かかんなくて…」
恰も留める事にだけに夢中になっているかのように、無心を装った囁きを。

今度は耳を嬲るように吹き込んだ。
ピクン、と、達哉が反応した。
「淳…っ」
怒ったように、低く呼ばれる。

呆れる程素直な、身体の反応と、
笑いたくなる程不慣れでぎこちない、達哉の反応。
そのアンバランスが、なんだか危うい感じで。

罠にかけた自分の方が、誘い込まれそうだ。

そろそろ、誰か気付いたかも知れない。
コーナーになって、見えるか見えないかの位置に座っていた若い男女が、一瞬こちらを見たような気がして。

淳は、微笑った。
可哀相な、綺麗な獲物はまだこの手の中。 
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