インベンション。
□温度のない空間
3ページ/6ページ
――店主殿、明日は帰りが遅くなりそうだ。
セイロンがそう言い出したのは昨夜の夕食の時である。
そして、もう一言『帰りは朝になりそうだから夕飯は要らぬ』とも言っていた。
きっとここを出る準備が忙しいのだろう。
色々と済ませたい用事もあるのだろう。
もしかしたら、御使い達に会いに行くのかもしれない。
本当は『何か手伝える事はないのか』と言いたかった。
でも野暮なことは何一つ言わないで「そっか」とだけ返事をした。
言い出したところで気遣われるのは解っていた。
――そなたは忙しい身であろう。我の事など気にせずとも良い。
そんな風に優しい表情と口調で言われるのだ。
これが自分を労わっての優しさだと知っている。でもその反面、自分の気持ちは拒まれているとも感じてしまう。
きっと自分はその時、哀しい気持ちを表情に出してしまう。
そうなると、セイロンには迷惑をかけるだけだ。
何も言わずに黙っていた方がお互いに良いのだろう。
ライは一人の食事を終えると食器は洗い場に溜めて、開店の準備に取り掛かった。
それからはポムニットと、久しぶりにリシェルとルシアンが手伝いに来た。
姉弟に朝食を振る舞い、食事の合間にお互いの近況を話す。
「二人とも忙しいんだろ?手伝いなんかしてて良いのか?」
「お休みだから大丈夫よ!
毎日のように召喚術の訓練だけしてたら、身体がなまっちゃって。
…ま、一番の理由は久しぶりにアンタの料理が食べたかったから何だけどね」
「僕も。ライさんの料理が恋しくなったんだ」
「でも本当に宜しいんですか?旦那様に書き置きくらい、しておいた方が良かったのでは…?」
「無断でここへ来たのかよ…」
変わらない様子の幼馴染に自然と笑いが零れた。
昼頃には沢山の客が訪れて相変わらずの大盛況である。
今日は人手が多かったのでいつもよりは少し余裕があった。けれど、それなりには忙しくて。
看板を下ろした後も後片付けや明日の仕込みに追われ、目まぐるしく時間は過ぎた。
セイロンがいない事など忘れるくらいに。
でも慌しさが消えた頃、誰もいない食堂で椅子に腰を掛けた瞬間。
ライは隣が寒いことに気付いた。