インベンション。

□温度のない空間
4ページ/6ページ


照明に照らされた広い空間に一人。
そのがらんと空いた空間は酷く寒くて、痛みさえ感じる。

(…ああ、そっか)

いつもは、セイロンがいたんだ。この空間には。

『お疲れ様』という言葉と。彼が用意した美味しいお茶が、疲れた自分を労わってくれた。
孤独の寒さから、温めてくれたのだ。

どこからか吹き込む隙間風に体温は奪われる。

(だから、冬は嫌いなんだ)

冷気は容赦なく暖かさを奪うし、固く閉ざしたはずの感情までズルズルと引き出してしまう。

どうにか沈んでしまいそうになる気持ちを無理矢理に奮い立たせる。
普段通りに風呂に入って、寝巻きに着替えて、ベッドに潜りこむ。

するとそこは当然、冷たくて泣き出したい衝動が胸の内から込み上げくる。
気を抜くと眼から溢れでそうになる涙は、シーツをギュッと握り締めることで抑えた。






何かが頬を撫でる感触にライが目蓋を開けると、辺りは暗いままだった。

カーテンの隙間から見える空は未だに闇をまとい、鳥の鳴き声もしない。日の出には遠いようである。
ただ、ベッドに腰掛けている人影は薄闇の中でもハッキリと目に映る。
人影は昨日、朝から出かけていた居候だ。
彼は優しく指の腹でライの頬を撫でていた。

「セ…イ、ロン…?」

寝起きのせいか喉が嗄れていて、擦れた声が出てしまう。
まるで泣いた後みたいだ。
目の前の男もそう感じたのか、小さく笑ったことが気配で分かる。

「我が居らぬことに寂しくて泣いておったのか?」

「泣いて…なんか、ない…」

これは本当だ。
泣きそうにはなったものの、結局、泣きはしなかった。
嘘は吐いてないだろう。
しかしセイロンはその言葉を信じてないのか、それとも答えなど始めからどうでも良かったのか、ライに対して「独りにしてすまなかった」と謝る。

闇に溶けそうな謝罪は、耳から胸へと流れ落ちて。
そこに波紋を描く。

「…謝る必要、なんて…ないだろ…。だって――」

セイロンは此処を出ていく身なのだから。

その事実を改めて口に出すことが怖くて、ライはそのまま口を噤んだ。
肌に触れるセイロンの指から体温が沁みこむ。
この温もりを失いたくない。でも、そんな我侭をセイロンに言える筈もなく、ライはただ彼の手に自分のそれを絡めた。
例え「どうした?」と本人に優しく問われても、だ。
甘えることは出来ない。

日が昇り始めたのか、室内は微かな明るさを取り戻している。

徐々に明るくなる部屋。
窓から射しこむ光を利用して、セイロンはまじまじとライの手を見始めた。


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ