インベンション。

□蝶よ花よ
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酷い目眩がした。
それは身体に異常が起きたせいではない。自分の身体はとても丈夫に出来ているから有り得ない話だ。
では何が原因か?
そんなモノ、俺が知りたい。

……違う。これは嘘だ。
原因は解っている。
ただそれを認めたくないだけだ。見ていないって言う事にしたくて、何かの間違いであって欲しくて。
要するに現実逃避。唯の逃げ。

でもな、俺の性分から“逃げ”の行動は気に喰わない。
負けたみたいで、嫌なんだよ。
だから踏みとどまったさ。折れそうになった後ろ足に力を入れて、飛びかけた意識を目の前にある光景へ戻した。

──ライが営む『忘れじの面影亭』の食堂で堂々と、俺の身内であるアルバに暑苦しく引っ付く侍男へと。

長い間、供に暮らしてきたアルバが『騎士になりたい』と言い出して、家を出ていったのは数年前。
それから何が、どうなって、こうなったのか。
説明が欲しい。早急に、かつ切実に。

だが──アルバの母親的な存在であるリプレは。


「アルバったら、見ない間にすっかり大人になって。それに良い人まで見つけて。
……本当に成長したのね」

とか言って、アルバの方を心底嬉しそうな顔で見つめながら、のほほんと和やかに茶を飲むだけ。
ラミとフィズに至っては口を揃えて一言。
「アルバは嫌がってないみたいだし、リプレママは嬉しそうだから良いと思う」だそうだ。

俺の眼から見たって、アルバが侍男にくっつかれて満更じゃなさそうな事は解る。
少し困った顔はするが拒みはしない。頬を赤くして、恥ずかしそうにするだけだ。
その表情からは微かに嬉々とした感情も見え隠れしている。

……だがな。
本人が幸せそうだからって『ハイそうですか』なんて言えるか。
もう一度だけ言っとくが俺はアルバと長い間、同じ屋根の下で暮らしてきた。
血の繋がりは無いが、アイツは俺の身内だ。大切な家族だ。
その存在を突然、何処の誰だか解らない住所未定の男に預ける。

納得出来ない──出来る訳がない。
安心して任せられるかっての。


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