インベンション。

□蝶よ花よ
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「ガゼル、どうやらご立腹の様ねぇ?」

笑いながらテーブルまで茶を運んできたのは知り合いの女。

「…アカネ。んなの、当たり前だろ。久しぶりに再会した身内があんな男と付き合ってるんだぞ」

「あらら、酷い言われ様…。ああ見えてもシンゲンは良いヤツだってば。
吟遊詩人なのに歌はヘッタクソだけ──」

「…何だと?」

「や、だから歌はヘタクソ…」

「違う!その前だ!!」

「えーと……吟遊詩人なのに…」

吟遊詩人。

住所未定だけならば、まだ許せた。だが職業が稼ぎの安定しない吟遊詩人。これは俺の許容範囲を遥かに越えている。

将来、こんな野郎と一緒になればアルバは確実に苦労する。
貧乏に慣れているアルバがそれを苦痛に思わなくても、俺にとって聞くに堪えられなかった。

「……に……てやる…」

「は?」

「絶対に引き離してやる!」

ガン!と木製のテーブルに拳を振り下ろした。
その衝撃で乗っかっていた湯呑みが数センチ飛び上がり、中の液体がテーブルに飛散する。
茶が少し手の甲に掛ったが、俺は気にならなかった。
そんな細かい事、気にしちゃいられなかった。

アルバの目を覚まさせてやらなくては──侍男と破局させなくてはならない。アルバの幸せの為に。
そんな使命感が沸々と胸辺りから沸き上がり、身体中に溢れてゆく。
他の奴がどう言おうが、俺は二人を別れさせる。
どんな手段を使ってでも。

俺の怒り狂う様子をすぐ傍らで見ていたアカネは呆れ、リプレは相変わらずのほほんと笑っていた。

「あのお茶、火傷するくらい熱いのにねぇ……ガゼルってば、かなり頭に血がのぼってるんじゃないの?」

「そうね」

「だったらさぁ、止めたほうが良くない?」

「大丈夫。ガゼルは仲間思いだから」

そう言ってリプレは微笑みながら何ら変わらぬ調子で茶を飲んだ。
危機感や焦りは全く無いらしい。
一方、アカネは俺とリプレを交互に見ると肩をすくめて。次にこんな事を言い出した。

「んー…仕方ないなぁ。
このまま放っておいたら、とんでもない事になりそうだから手伝ってあげる」

「手伝う?アカネがか?」

「そっ!だってさぁ、ガゼル……アンタ、シンゲンと喧嘩しよう…とか物騒な事、考えてんでしょ」

「……」

アカネに図星を突かれて黙りこんだ。
その通り、俺は侍男と殴りあってアルバを奪還するつもりだった。


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