インベンション。

□温度のない空間
1ページ/6ページ



ライは季節の中で、冬が一番嫌いだ。

寒さのせいで食材は減るし、客だって少なくなる。
おまけに水仕事を繰り返せば手は荒れてきて、あっという間に傷だらけだ。
別に、手の見てくれがどうとかは気にしてはいない。
断続的に続く痛みが煩わしいので嫌いなのだ。

今日も今日とて、洗濯物を詰め込んだ籠を片手に庭へ出れば、吹き付ける風が容赦なく体温を奪う。
どれだけ急いで干しても、終わった時に指先の感覚はほとんど残っていない。
水の中に手を浸すと、暖かさを感じるくらいだ。

空になった籠を提げ、キンキンに冷えた両手を擦りながら廊下を歩いていると、突如として目の前に紅い壁が現れた。
いや、壁ではなく居候が現れた。

「…おお、店主殿ではないか。相変わらず早いな」

「オレはいつもと同じ。セイロンが遅いだけだって」

居候としての自覚が全くない、九時過ぎの遅い起床。
どっちが宿の主なのだか解らないな、と呆れる。

しかし慣れとは恐ろしいもので、そんな態度は全く気にならず、むしろこのやり取りを楽しんでいる自分がいる。
元々、身体を動かすことは苦にならない性質だったし、ほぼ独りで宿は切盛りしてきたので特に困る事もない。

だからセイロンが手伝わなくても別に構わない。
殆ど、自分だけで何とかなっているのが現状だった。


それに――ここの処、セイロンは忙しいらしい。

“らしい”というのは、本人の口から聞いた訳ではないからだ。
ただ、暇があれば外出しており、宿にいる時は部屋にこもっている様子から、多少は確信があるけれど。


次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ