インベンション。
□本日、雨により
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雨が降ってきた。
当初まばらだったリズムは、あっという間に乱れて。
バケツをひっくり返した様な大雨へとなる。
森で食糧探しをしていたシンゲンは慌てて大木の下へ逃げ込んで、其所から空を見上げた。
木の真上は真っ黒い雲が分厚く覆っているため、青色は一欠片も残ってはいない。
彼は思う。
憂鬱な天気だ、と。
雲の様子からして、すぐには止みそうにない雨だった。
また雫の1つ1つが大粒で、降り注ぐ量も多い。
故にいくら早く走ろうとも宿に着く頃には全身、ずぶ濡れになってしまうであろう事が分かる。
柔らかい草の上に腰を下ろすと、背後に立つ大木に背を預けた。
濡れ鼠になるくらいなら止むのを待った方が賢い判断だ。
どうせ急いでいた訳ではない。
そもそも急く性分でもない。
昔から時間にしろ人にしろ、何かに追われるのは好きではなかった。
追われる時は必ずといって自分の意思など全く無視される。
他人に、物事に、否応なく急かされて流される。
それが嫌だった。
何物にも流されず乱される事ない、自分が自分のままでいれる。
そんな変わらぬ速さを保っていたいのだ。
「…雨、止みそうにないですねぇ」
遥か遠くの空では落雷の音がしていた。
◆◆◆
アルバは習慣となったルシアンとの鍛練を終えた後、リビエルと洗濯物を取り込んでいた。
以前は彼女一人で担当していたのだが、居候の人数が増えた為に量も増えて、アルバが手伝うようになった。
沢山のシーツ、沢山の衣服。
それらを皺が出来ぬよう丁寧に籠へ放りこんでゆく。
太陽の光を浴びて、よく乾いた洗濯物からは良い香りがしていた。
それは石鹸と日光の匂いで、サイジェントにいる料理上手な優しい母を思い出す匂いだ。
(あ……でも──)
次に思い出したのは穏やかな音色を奏でる人。
彼は天気が良いと、決まって日向のベンチで三味線をひいている。
だから、いつも隣に座ると彼からは仄かに太陽の匂いがして、ベンチについつい長居してしまう。
(…これが終わったら、シンゲンさんの所にいこうかな)
アルバが真っ白なシーツを取り込もうと手を伸ばした丁度その時、有翼の女戦士が庭へと降り立った。
それから物干し竿へと近寄り、彼女は二人に「急いだ方が良いぞ」と告げる。
「まさか……敵、ですの…?」
不安の色が滲む質問にアロエリは首を横に振る。
それから彼女の視線は東の空へ向き「一雨くる」とだけ答えた。
◆◆◆