book1

□大きな木の下で
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日がかたむきかけた夕暮れ時。
今はぶらぶらとあてもない散歩の帰り。
大きな木に寄りかかる。
平助とよく来ていた神社の裏にある大きな木だ。
二人でよく寄りかかって散歩の休憩をしていた。
あの時と同じように寄りかかると、サワサワと揺れる木の葉の間から聞こえる空耳。

「 新八っつぁん疲れたー? 」

今は居ないあいつの声。

風に揺れる葉ずれの音。
沈みかける赤い夕日。
背中を預ける太い幹。
あの時と何一つ変わってないのに。

あいつだけがいない…。

それだけで何かが違うように思えて仕方がない。
いつもなら隣でひっきりなしに聞こえる声。
煩くて風情を楽しむ暇すら与えてくれなかった。
けれど今は葉ずれの音がやけに大きく聞こえるばかり。
どこかであいつの声を探していた。

 イナインダ
 モウイナイ

 カエッテコナイ

そう思っても何かを期待していて、
あいつの事だからひょっこり帰ってくるんじゃないかと思って。

ここにいれば会えるんじゃないかと思って…。


別れは最悪だった。
感情を抑えるのでいっぱいで、ちゃんと見送ってすらやれなかった。
最後の顔だってちゃんと覚えてない。
お互い笑っていたのかさえあやふやだった。
笑って送り出そうと、思っていたのに。

気が付いたら全て真っ赤に染めていた夕日が沈んでいた。
空は明かりを失って徐々に紺色に染まっていく。

「…いっつ」

体を動かすと木の皮が首にかすり、ピリッと痛みが走る。
触ると小さく赤いものが指に付いた。
ふとよみがえる、いつも寄りかかっていたものを

嗚呼もうあの背もないのか。


立ち上がって、歩き出してもやっぱり思い出す。
隣りを歩くもう一人の足音。

隣りに平助がいないだけでこんなにも違うのか。


「…寒…」

隣りも心も手も
平助がいないだけで全部が冷たくて寒い…。


ひゅうと、冬を告げる秋風が吹き抜けていった。
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