book1

□ユビサキ
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寂しい訳じゃない。
誰かのそばに居たい訳じゃない。
平助じゃあ、あるまいし。
でも無性に、何かに触れたい時がある。
動く温かい物に。
冷えた指先から伝わる温かさを、味わいたい時がある。
急にふっと、そう思う時がある。

寂しい訳じゃない。
と、思う。
生きている物に触れたい時がある。
いつもいつもやかましく来る彼は、
そんな時には姿すら現さずに
俺を焦らすようひっそりと姿を隠す。
そして俺の足は彼を求めて進む。
部屋へ行って、
廊下を渡り、
あちらこちら。
探して廻る。
庭へ行って、
居ない事にほんのり気が付く。
知っていた。でも知りたくない。

庭に植えた花ですら、彼が居なくなって悲しんだのに…。



己から零れる温かい涙。
頬を伝う涙で、彼の温かな指先を思いだし、
少し嬉しかった。
嬉しくてまた

泣きながら笑った。

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