book1

□真白い月が
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いつものよう、俺は彼の部屋の中、
酌をしている。

「先生…」
「あぁ?」

彼、芹沢先生の杯に酒を注ぐ。
とても静かな時間が流れていて、自分の声がいつもより大きく聞こえた。
夜の闇が静寂を増してる。

「我が儘にもほどがありますヨ?」
「あぁ…、お前じゃなきゃ美味くないからな。酒は美味い方がいい。そうだろう?」
「そりゃまぁ…そうですけど」

部屋の行灯には火が入っていない。
代わりに障子を開けて月の明かりを入れていた。
月見酒に余分な明かりはいらない。
先生は月を見上げたまま、酒を流し込むだけ。
月の明かりが強かった。
月自体は真白で弱々しいのに、見上げる先生を照らし染めていた。
いつもは気性の荒い人なのに。
俺が作る酒を、
俺が酌してる、
その時だけ穏やかな顔をしている。
皆が知らない俺だけの顔を見せてくれる。
怖がって近寄らない人間が多いが俺は知っている、この人の本当の姿を。
ただ頑固で不器用なだけ
俺と同じだ…

「今日も月が綺麗だな。永倉…」
「はい?」

杯に酒を注ぐが先生はそれを口には運ばなかった。
先生は月を見上げたまま。

「先生?」
「永倉…お前は、」
「……先生。また土方さんたちと喧嘩でもしたんですか?」
「うるせぇ、おめぇには関係ないことだろ」
「いつも言ってますけどね先生」

この人が何を言おうとしたのか、今何を考えているのか俺にはよく分かった。
正直気配だけで察する事が出来るくらい、今はわかる。
意外と分かりやすい人だから…。
そばにあった俺の杯に酒を注いで飲んだ。

「俺はあいつがそういってるからとか、多数派がいいとかそういったのが嫌いなんですよ」
「永倉?」
「俺は俺が認めた人の所に付く。俺がここにいるのだって、誰かに言われたからとかそんなんじゃなくて。俺が好きでこうしてるだけですから。分かってるでしょうに、何度も言わせないでください」
「はっ言うようになったじゃねぇか。ガキかと思っていたら一端の口聞きやがる…」
「ガキじゃないですよ俺は。藤堂や沖田ならまだしも…」
「おめぇ将来でかい漢になるぞ」

そういって先生は俺の頭を撫でた。
大きな手が、感じられて。
嬉しさと恥ずかしさに顔が熱くなるのがわかる。

「永倉、明日も月は出ていると思うか?」
「え?」
「俺は酒を飲んでる時が一番好きなんだよ」
「…そんなの隊のみんなが知ってますよ」
「それと、お前と二人きりで月を見ながら飲む酒はいつも以上に美味だ」

先生が、
小さく笑った。
月の明かりと俺の錯覚がそう見せたのかもしれないが、
けれどその笑顔が素直に嬉しくて。
俺も小さく笑う。

「俺も、先生と二人で静かに飲む酒は好きですよ」
「そうか…」

空を見上げる。
芹沢さんが微笑む先には、
いつもと変わらない

白い月…

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