短編

□こんがりきつねいろ
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むわっと黒い煙が広がる。
視界一面真っ黒。器官に入り少しむせる。
急に風が襲ってきて顔面に直撃しただけだったので、幸いなことに直ぐに収まった。

ぼうぼうと炎が揺れる。中心にはもう既に炭になりかけている箱。
あたしは、棺桶と呼んでいる。
中には人の死体なんて入っていない。対象は今頃海の底だろう。

彼の見たときにはいつも紅茶の入っていたカップ、皆からの彼に対する手紙。
それらが棺桶の中に入っていた。
これでもいいほうだ。彼の使っていた、言わば彼の化身(それは少し言い過ぎだけど)をちゃんと火葬できたんだから。

唯一、陰謀を企てたと思われている彼の父親だけは火葬できなかった。
“四英雄”と、四英雄達と共に戦った四人、そしてあたししか真実は知らない。
真実を言ったって現状が変わるとは到底思えない。だからあたしは誰にも話さない。

父親と彼の思い出の品も分からなかったから彼の父親は随分と酷い扱いになる。
仕方ないので会社の書類を焼いた。もう会社はなくなった。

ふと顔を上げると鮮やかな紫をしたワスレナグサが咲いていた。
ワスレナグサ、―――私を、忘れないで。
そうだ、あれの花言葉はそんな感じだった。

ワスレナグサを一本取って、火に投げ込む。
あたしは彼を忘れない。そんな戒めに近いもの。
火は小さく、弱々しくなっていた。

不意に涙が地に落ちた。
そして今さら自覚する。
―――あたしは彼が好きだったんだ。
彼の興味が別の人に向いてるのを知りながら。

「好きだったよ、エミリオ―――」

もう届かないと知りながら、一度も呼んだことのなかった彼の本名を呟いた。





こんがりきつねいろ
(私は彼を、忘れない)

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