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59 ごみ棄て場は何処


敵を斬る。弓で射る。戦場で生きていく上で当然のことを繰り返す。その結果、恨まれることはこれまた当然あるだろう。
投降した先に討った将の子がいて恨み辛みを抱いているそうだと聞かされても、そりゃしょうがねぇなとしか思わなかった。そういう世の中だから諦めろと、そいつも散々言われているはずだ。親仇が仲間になってしまうとは運が悪かっただろうが、乱世では何が起きてもおかしくないので普通のやつなら自我を収めて現状をただ受け入れる他ない。

そう、普通のやつなら。

「甘寧…今日という今日こそはっ」
「凌統、お前、本当にしつけぇな!」

長い脚を振り回して蹴りかかってくるのを屈んで避ける。身軽に反転し踵落としを決めようとしてくるので後ろに一方引いてからその顔に向かって殴りかかる。左手で受け止められ、右手で殴ろうとしてくるので同じように受け止めた。互いに手を握り合いながら膠着状態になる。

「放せっつの…あんたのムカつく顔ぶん殴らないと気がすまないんでね」
「お前の気すますのに毎日喧嘩ふっかけられてるこっちの身にもなってみろや」
「その首繋がせてやってるだけで感謝してほしいとこなんだけど」
「へぇへぇそりゃ感謝いたすぜ凌将軍様よぉ!」
「馬鹿にしやがって…!」

ぎゃあぎゃあ言い合う俺らを止める奴はいない。この場に誰もいないという訳ではなく、本当に誰も止めてくれねぇのだ。文官は皆忙しい振りをして立ち去り、武将らはまたやってると気にも留めていない。面倒ごとに巻き込まれたくないだけろう。

俺だって心底面倒に感じるはずだ。顔を合わせりゃこうやって絡まれ、殴る蹴るの小競り合いになるなど鬱陶しいことこの上ない。これまでの俺なら間違いなく斬っている。

それを出来ないでいるのは、少なくともこの孫呉軍を気に入っており余計な罪を抱えたくない理性と、何故か酔狂なことにこの目の前の男に惚れてしまった感情が混じったためだ。
俺もつくづく普通とはかけ離れている。というか、狂っている。

一人の人間にこんなにも執着されたことはなかった。それが例え負の感情であったとしても、この男が俺の存在だけを気にして日々生きているという事実にぐっと来てしまったのだ。あと、顔がわりと好みだったのもある。自覚しちまったものはしょうがねぇ。

今日も結局、絡んでくれたことを内心喜ばしく思ってしまい、その女々しさには自分でもげっそりする。だがこの想いをどうこうするつもりはないので毎日掴み合いをするくらいは許されるはずだ。

「喧嘩両成敗」

ゴン、と音がして視界に星が散る。痛ぇ。
頭を上げると呉の軍師、呂蒙改めおっさんが拳を下ろしながら呆れたように俺らを見ていた。大体、ここまでが毎日の茶番劇だ。

「呂蒙さん、容赦なさすぎませんか…痛ってぇ」
「凌統。大方お前が仕掛けたのだろう。全く、甘寧が嫌なら放っておけばよいのに、何故わざわざ絡むんだ?お前はもう少し冷静な奴だと思っていたが」
「こいつの極悪顔見ると体が勝手に動いちまうんですよ。俺は悪くありません」

こいつ、結構馬鹿だよな。つうか中身がガキっぽい。おっさんもますます呆れている。凌統にこんな面があったとは、と嘆いているのは孫呉の将のほとんどで、俺の影響で新たな凌統の一面が開かれたかと思うと無性に気分が良くなる。やっぱ狂ってんな。

「俺は別に構わねぇぜ。どうせ本気で殺す気があるわけじゃねぇし、分かってっから放置してんだろ?」
「そうは言うがな甘寧。毎日毎日騒がれてみろ、煩いことこの上ないぞ。周瑜殿がますますやつれておる」
「そんなに言うなら領地を放してくれって俺は言ってるんですけどね」

凌統が拗ねながら言う。そうだったのか。それは困るというか今更考えられねぇ。凌統に会えねぇ毎日など想像するだけでつまらなくて死にそうだ。

呂蒙はじっと凌統を見ていた。凌統がたじろぐ。

「…それがお前の本心だというなら、俺も尽力するんだがな」
「……勘弁してくださいよ。まるで俺が甘寧と一緒にいるのを望んでるみたいに」
「そうとまでは言わんが、こうやって毎日絡むことで発散される思いもあるだろう。煩いのは敵わんが、お前ら戦では相性いいからなぁ」
「だってよ、凌統」
「うるせぇっつの」

凌統がやや照れながら睨むその顔も好みだなと思う位にはおかしくなっているので、やはりこいつが近くにいないなんて考えられねぇ。

おっさんは用事を思い出したのか、もう喧嘩するなよと言い残してさっさと消えていった。妙な空気の俺らだけが残る。こいつこういう時何考えてんだろうな。少し知りたくなって、つい声をかける。

「じゃ、喧嘩じゃなくてイイコトすっか」
「はぁ?何それ」
「釣りでも行くか、酒でも飲むか…色々あんだろ」
「なんであんたと?」
「健全な憂さ晴らしだろ。それとも妓楼でも行くか?」
「それこそあんたとは行きたくないっつの」

そういうもんか?俺はこいつがどんな顔して女を抱くのか見てみてぇけどな。

凌統はがしがしと首を掻いて何かを考えているようだったが、あ、と一声漏らしてこちらを見た。

「あのさ、あんた剣詳しいか?」
「刀程じゃねえけど」
「俺の部下二人、昇進させようと思ってて。剣一本ずつ作らせたいんだけど」
「へぇ、いいじゃねえか。あんだけいて大事にしてんだな」
「そりゃ、あんたもだろ」

凌統がそう答えるので驚いた。確かに俺は野郎共を賊時代から特に大事している方だが、それを凌統が知ってるのは純粋に嬉しい。あと、珍しく俺を頼ってくるところも。

「へへ、まぁな。よし、行こうぜ。馴染みの店案内してやる」
「おい、俺は子供じゃねぇっつの」

つい手首を掴んで引いたらすぐに気付かれた。惜しい。しかし凌統とまさか出掛ける日が来ようとは。自分であれこれ誘っておいてなんだが、槍でも降るのかもしれない。

***


刀剣を扱う店には余り来ないのか、 凌統が物珍しそうに商品を眺めている。時折手に取ったり振り回したりして重さを確かめている様をそれこそ物珍しく見ていると、ちらとこちらを見てきた。切っ先を俺に向けて挑発するように笑う。

「斬り心地も確かめられたらいいんですけどねぇ」
「部下になんてもん贈りつけるつもりだよ」
「偉大な将凌操を射た仇の血を吸った剣なんて、凌家家宝もんだけど」
「物騒な冗談言ってねぇで、さっさと決めろよ。目星ついたのか?」

少しは本気なんだけどとぶつぶつ言う凌統を無視して、その手に握る剣を取り上げる。部下の詳細が分からねぇので大した助言はできないが、一般的なことなら教えられそうだ。

「こりゃちと軽すぎねぇか?ぶっ飛ぶぜ」
「あんた程皆がごついわけじゃないっつの。でも確かにこれは軽いね」
「これはどうだ?重さは普通だと思うぜ。柄が寂しい気すっけど」
「あんたのが派手すぎるんだよ。これくらいが丁度いい」

凌統はそれを手に取って店主に声をかける。これをそのまま受け取るわけではなく、同じ型に鋳らせて新品を二本作らせるつもりだろう。素直に俺の話を受ける凌統はこれまでになかったので、うっかり感動しかける。こいつに他意はないだろうに。

「助かったよ。二人ともよくやってくれてるからさ」
「お前から褒め言葉の一つでもやりゃ十分喜ぶだろ」
「形に残るものをあげたかったんだ、万が一の時に家族にも遺せるかもしれないし」

そりゃてめぇの経験からか?俺にわざわざ言う辺り嫌味な奴だなと思う。これで嫌いになるどころかますます傾心してしまうのだから手遅れだ。

凌統は特に俺の反応には興味がないらしく、さっさと暖簾をくぐって外に出た。店主に一声掛けてから出ると、不満げな顔で腕を組み俺を見ている。

「なんだよ」
「あんたに借りを作っちまったなと思ってさ」
「お前から誘っといてか?別にこの程度貸しとも思ってねぇし」
「…それ。あんたさ、変だよな。俺が仇討ちしようが頼み事しようが、嫌な顔一つしないで受けやがる。何考えてんだっつの」

そりゃお前が好きだからだ。言う通り変なんだよ。
本音を言えるはずもないので、懐深い俺様に感謝しろよと言うと睨まれた。適当に躱したのがバレている。

「それを言うならお前も変だろ。おっさんの言うとおり、俺が気に食わねえなら放っときゃいいだろうが」

ついムキになって本音と真逆のことを言っちまった。これでこいつが本当にやってこなかったら困る。

「あんたの顔がムカつくっつってんだろ」
「それなら、こうやって出掛けるなんてあり得ねぇしよ。何考えてやがる?」
「それは……」

珍しく凌統が言葉に詰まる。自分でもよく分かっていないということか。そうであれば、整合性なんて取れていなくていいのでこれまで通りでいてほしい。

「ま、どうでもいいか。おい凌統、腹減った。借りがあると思ってんなら、飯奢れや」
「言い方に可愛げがないね」
「ご馳走してくれ」
「…ははっ、それがあんたの可愛げなのか?」

お。珍しく笑った。俺の前で笑う凌統はいたく珍しいので気分が上がる。好みの顔はどんな表情していてもいいが、笑顔は格別であることを思い出した。それほどにこいつは俺の前では怒りか渋顔か、笑うとしても挑発するかといったところだ。

「馴染みの店を紹介してくれた礼だ。俺も馴染みの店のところへ行きましょうかね」

本当に珍しく楽しそうじゃねえか。俺と一緒でもそんな風にしてくれるというのは、言い様のない喜びを感じる。こいつ、人前では特に俺を憎んでいなければとでもいうように接してくるので、もしかすると二人きりであれば多少は柔らかくなるのだろうか。

面倒くせぇ奴。こんな奴に惚れた自分も、相当面倒くせぇ。

さっさと歩く凌統の後ろを歩きながら、そんなことを思った。


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