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26 「正確に」笑って(D)

ぜえぜえいってやがる俺の息は、多分もうそう長くはもたないんだろうなってことを明確に示唆していた。
殿を守るためにちょいとつついただけだったのにね。
あの奇襲の数にはさすがにまいったよ、俺の負け。
どうにか走らせた副官は無事だろうか?

そんな時、チリンと場違いな音が聞こえて俺はやぼったい目を開けた。

「死ぬのか」
「たぶんねえ」
「・・・仇討ちはどうした」
「それよりも・・・あんたと異国に行けなかったのが、残念、だっつの」
「合格」

どかっと甘寧が俺のすぐそばであぐらをかく。
でかい刀は地面に突き刺し、後は俺を覗き込んでいた。

「・・・ここらの敵は」
「追っ払った。俺の部下に追わせてるぜ」
「そう。ここは・・・もう、安全地帯なのか・・・ねえ」
「多分な。奇襲部隊が撤退となると、ここにはもう来ねぇだろ」
「さっすが、鈴の甘寧・・・ってかい。ありがと、さん」

甘寧は気難しい顔をしていた。
でもなにも言わない。
俺がぜえぜえ言いながらたまに血を吐くのを、俺の頬を撫でながら見ているだけだ。

「あんた、言わないんだな」
「なにをだ?」
「よく、言うじゃん・・・。誰かが、死ぬ直前なんかにさ・・・。『もう喋るな。悪化する』、とか・・・なんとか、いって」
「死ぬ直前くれぇお前の好きなようにやれよ。どうせお前もう助かんねえよ」
「そう、なんだよね・・・。いや、ありがとう」

さっきから素直に礼を述べたら妙な顔をする。
まったく酷い奴だ。俺だって最期くらいは素直になるってもんだ。

「・・・俺ねえ、甘寧」
「ん?」
「あんたとの・・・子が見たかったなあ」
「うお、お前今すげー事言ったぜ」
「一体、げほっ、何が、生まれてくるか・・・分かったもんじゃないけどね」
「どういう意味だコラ」
「強いだろ、武は。けどっ、それ以外が、なあ・・・っ。真っ直ぐなのか捻くれてるのか、強引なのか無頓着なのかっ、とか、さ」
「ツリ目なのかタレ目なのかとかな」
「それ関係ないっつーの・・・ぐ、う・・・けど、男なら、ツリ目の方がいいよ」
「お前今日はやけに褒めんなあ」
「別れ際には、っ、良い印象を、持たせとくもんだぜ?」
「まったく、テメェには敵わねぇよ・・・」
「・・・あんたさー、自分の、表情、分かってる?辛気くさい、ったらありゃしないんだ、けど?」
「わりぃ」
「あんたなら、はっ、・・・笑って、逝かせて、くれると、思ったんだけどなあ・・・っ」
「凌統、逝くなよ。俺がこんなダセェこと言うくらい愛してんだ」
「・・・ほんとに、だっせぇの・・・らしくねえっての」
「お前もな・・・」
「・・・うん・・・っ、やべ、やっぱ、喋りすぎたかねぇ・・・・・・」
「凌統、」

俺は笑った。
最期には笑顔くらい見せとくもんだからね。
うまくいったかどうかは分からない。
けど甘寧がびっくりしたようにしてたから多分、うまくいったんだろう。

さぁ甘寧。
最期にあんたに宿題を出してやろうか?

「甘寧、俺からの、贈り物。出来る、ように、なるまで・・・こっち来んなよ」
「あ?」


「『正確に』笑って」


それが多分、俺の最期の台詞だった。
本当はさ、礼とか言ってやろうと思ったんだけどね。
でも俺あんたの笑顔が好きだったからさ。


正確に、だからね?


【「正確に」笑って】
しっかり笑って私の脳に刻み込んで
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