Long

□リリカルノイズ
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会社の駐車場に停めてあったという甘寧の車に乗り込む。もっとイカツイ車に乗っているのかと思いきや、案外普通の黒い乗用車だった。だが一昨日は雨だったはずなのにピカピカに洗車されていて、車好きを窺わせる。

車内で流れる曲は、全て最高だった。好きなバンドの曲ばかり入ったミュージックプレイヤーに、少なからず興奮してしまう。

「うわぁ、しかも結構コアなバンドばっかりだね。ひねくれ者って言われないかい?」
「それ全部知ってんならお前もだろ。フェスじゃちっさい会場ばっか居座ってんだろ?」
「…そうだよ。俺の村15人くらいいるのに、全然被らないんだよね。理解してもらえない」
「お前毎年どれ行ってんだ?こんだけ被ってたらどっかで絶対会ってるだろ」

そう訊かれて近年の参加状況を思い出しつつ列挙する。と言っても金なしフリーターなのでろくに遠征できず、近場かせめて大物だけだ。交通費もチケットもバカにならないからね。

「おー、やっぱ結構行ってんな」
「そうかね?遠征できないし大したことないって」
「新潟まで行ってりゃ十分だと思うけどな」
「…あんたは最近どれ行ってんの」

甘寧が答える中身は、どれも見応えのあるフェスばかりだった。少しコアなものも入ってる辺り、本当にロックバンドが好きなんだと思わせる。

悔しいが、とても楽しい。
ここまで趣味が合う奴は俺の音楽仲間でもそうそういないのだ。本当にあんなことになってなきゃ、運命と言ってもいいくらいなのに。

「あ、そういや来月の京都当たったぜ。二枚あるけど行くか?」
「……金ねぇっつの」
「そんくれぇ譲ってやるし車も出してやるよ」
「なんであんたそんな俺に親切なわけ?」
「趣味が合う仲間が出来るのはいいことだろ」

答えになっていない気がするが、妙な答えではなかったので、考えておくとだけ返事をした。


甘寧の住まいは想像より立派だった。アパートというよりはマンションで、10階建て賃貸の4階角部屋。

中に入ると非常にシンプルで物が少ない。リビングには黒い革のソファーが一つ。ラグはなく小さいローテーブルが一つ。違和感があって見渡すと、テレビがないことに気がついた。聞くとスマホがあれば困らないとの回答だった。ミニマリストとかいうやつか?気取りやがって。

「…CDさっさと寄越せよ」
「せっかく来たんだからゆっくりしてけや。隣の部屋に色々置いてある。コンポとか適当にいじっていいぜ」
「あんたは?」
「さすがに作業着汚れてっからな。シャワー浴びてくるわ。帰んなよ」

いや、俺は長々居座る気はないんだけど。
そう返す前に甘寧はさっさと洗面室に消えて行った。用も済んでいないし、礼も言わずに帰るのはさすがに気が引けるので、棚を眺めて待つかと隣室に移動する。

ベッドがあるその部屋は、あとはCDが大量に詰まった本棚があるくらいだった。物が少ないので整って見える。何となくムカつく。
棚の中を覗くとお目当てのSONGOのゾーンがすぐ目についた。一つだけ知らないジャケットのものがある。うわ、これだ。本当に二枚ある。初めて手にした。
そっとケースを開けてコンポにディスクを突っ込む。流れてくるイントロは、間違いなくライブでしか聞いたことのない音源だ。しびれる。

他のCDのラインナップも、車の時に薄々気づいてはいたが本当に俺の趣味と一致していた。中には俺の知らないバンドや、名前しか知らないものもある。こりゃ真の音楽好きだ。しかも、結構数があるので大分金をかけている。俺もバンド好きだが金がないのでここまでは集められない。

端の方にはこれまで参戦したであろうフェスのタオルやステッカー、駐車証などが押し込まれていた。几帳面というほどではないが雑然ともしておらず、改めてムカつくが、客観的には好感度が上がる。

しっかりした定職に就き、車も家もソコソコで、見た目もまぁ悪くないやつがモテないはずがないと思っていたが、趣味にこれだけ注いでいれば特定の女はいないのかもしれない。

…そんなこと、どうでもいいけど。

「よ、どうだ?俺の自慢の棚は」
「あんたは最低だけど、ここは最高」
「ありがとよ。お前飯は?」

だから居座るつもりはない、そう言おうとしたら盛大に腹の虫が鳴いた。タイミング考えろっつの。
ばつが悪く返答できずにいると、甘寧が笑いながらキッチンに引っ込んだ。こんな奴でも料理なんかするのか?
一度認識してしまうとどうにも空腹が紛らわすことができず、俺は黙々と棚のCDを漁ることに集中した。

「おらよ。冷凍のチャーハンと餃子。ビールかウィスキーしかねぇが飲むか?」
「…ハイボール」
「割りがレモンのやつしかねぇけど」
「なんかあんた、いちいち気取ってて腹立つね」
「褒めてんのか?」

くつくつ笑いながら茶化してくるのがムカつく。食ってCD貰ったらこんなとこさっさと帰ってやる。この棚見てるのは楽しいけど。

食事を用意されたローテーブルにのそのそ着くと、勝手に食い始める。甘寧が缶ビールとグラスに入ったハイボールを持ってきて、乾杯と言われたが無視して飲んでやった。それすら笑っているので腹が立つ。

「お前にずっと会いたかったんだぜ。なのに先週は仕事が落ち着かなくてよ。今日会えてめちゃくちゃ嬉しいぜ」
「あっそ。俺は会いたくなかったよ」
「あんなに楽しそうに棚漁っといてか?」
「…音楽に罪はないだろ」
「SONGOのやつ、二枚あったろ?取ったか?」
「いや、さすがに勝手には持っていけないっつの。あんたが渡してくれよ」

気にしねぇのにと言って笑う顔はとても楽しそうだ。じっくり見てしまいそうになって、慌てて目を食事に落とす。そういえば、俺ばっかり食ってていいのだろうか。

「あんたは食わないのかい」
「今日昼遅くてよ。つまめりゃいいぜ。餃子一つくれ」

そう言って大口を開けるので、思わず自然に放り込みそうになって我に返った。自分で食え。

「バレたか」
「あんた本当に馴れ馴れしいな」
「心外だな。お前にだけだぜ?大体この家に人上げたの初めてだしよ」
「…きれいにしてんのに勿体ないね。女イチコロだろ」
「お前に好印象なら良かったぜ」

いちいち絡んできて、非常にうざい。そういう流れに持って行きたくない俺は甘寧が作ったハイボールをごくごく飲む。レモン風味の炭酸で割られたそれはあっさりしていて食事に合った。素直にうまい。言ってはやらないが。

甘寧が缶ビールを煽って飲みきり立ち上がる。隣の部屋のコンポに違うCDを入れて、元々入っていたSONGOのディスクを薄っぺらいケースにしまって持ってきた。

「ほらよ。どっちも大して汚れてねぇと思うからこれでいいか?」
「いいよ。うわ、すごい、本当にありがとさん。これ持ってる奴ずっと羨ましかったんだ」
「俺ここ最近ワンマン行けてなくてよ。この曲まだやってんのか?」
「やってる。やっぱSONGOは古参を大事にしてるよね」
「へぇ。平日夜ってなかなか行けねぇからな、今度あったら教えてくれ」

あんたと行ったら楽しいだろうな。
ふと感じたことは当然口にはせず飲み込んだ。これだけ音楽の趣味が合う奴には、今後出会えないと思う。そういう意味で、こいつとは仲良くなりたい。初対面の夜だって、途中までは話も尽きないくらい楽しかった。
だけど、前科があるじゃないか。この馬鹿の馬鹿な酔い方のせいで。そう思うと妙に悔しい。

甘寧は再び立ち上がるとキッチンからウィスキーボトルを持ってきた。別に高級品というわけでもなく、スーパーで買えるやつだ。ただ、底辺品ばかり飲んでいる俺からすれば、少しいいやつ。

俺の横に座ると、空いた俺のグラスに二センチ程ウィスキーを注ぎ、レモン風味の炭酸を並々と注ぐ。マドラーまではないらしく、割り箸一本でぐるりと混ぜて寄越してきた。ていうか、おかわりなんて要求してねぇっつーの。まぁ、くれるもんは、もらうけど。

甘寧はもう一つ持ってきていたグラスにウィスキーをそのまま注いだ。氷もなし。正真正銘のストレートかよ、よく飲めるな。

「グラス同士なら乾杯してくれるか?」
「はぁ。そんなにこだわることかね」

カチンと澄んだ音を立ててグラス同士が触れる。俺のグラスの氷がカランときれいな音を鳴らして揺れた。あ、なんだか、いいメロディが浮かびそう。
BGMにかけられたバンドは知らないものだったが、好きな雰囲気だった。

「…あ。なぁ、これ、金どうしたらいい?本当なら超値打ちもんだよな」
「あ?あー…そうだな」

甘寧は少し考えたようだったが、ふと思い付いたように顔を上げた。目が合う。…嫌な予感がする。
そう思った瞬間には既にキスされていた。俺が抵抗すると、意外な程すぐ離れたがその目は冗談なんかじゃなさそうだ。肩をがっちり押さえられていて身動きが取れない。

「じゃ、体で払ってくれよ」
「ば、馬っ鹿じゃねぇの、無理に決まってんだろ!離せ!」
「一回したら二回も同じだろ?減るもんじゃねぇし」
「同じなわけあるかっつの!あんなの、酔った勢いでやっちまっただけだよ。つうか、あんたが無理やりやったんだろ!」
「なら、酔ってりゃ出来るのか?」

甘寧は左手で自分のグラスを勢いよく傾けてウィスキーを口に含む。そのまま、俺の肩をまたがっちり掴み、口付けられた。俺は何をボーっと見てたんだ!?

「っふ、う…げほっ、濃い…」
「もう一杯な」
「ちょ、んんっ……ふ、うっ」

ウィスキーをストレートでなんか飲むことがない俺は、強いアルコールが喉を通る感覚に驚く。焼けそうできつい。反射的に飲み込んでしまったのが許せなくて甘寧を睨み上げるが、速攻で視界のぶれを感じた。なんとか自分を奮い立たせ、甘寧の体を全力で止める。

「こういうの、強制わいせつって言うんじゃないの」
「そこまで期待してくれてんなら話は早ぇな」
「あんた、何なんだ?ゲイなのか?ヤりたいならハッテン場に行けっつの。善良な一般人を巻き込まないでくれよ」
「前に言ったろ。お前が好きだってよ。お前は俺のものになるって決まってんだ、諦めろ」

そう言って強引にソファーに頭を倒されて口付けられる。正直に言えば、こいつのキスはやたらと上手くて気持ちいい。ご無沙汰している身として、非常に劣情を刺激される。男同士でやることに意味があるのかどうかは俺には全く分からない。以前と同じく、絶望的に気持ち悪いかというとそうではないところも、よく分からないが。

「ふ、ん……あ、おい、触んなっつの!キスで十分払ってんだろ」
「はぁ?お前、好きな奴目の前にしてキスだけで終わるわけねぇだろ。ほれ」

甘寧は俺の手を取ると自身の股間に押し付けてきた。…でかいし固い。めちゃくちゃ勃ってやがる。俺にどうしろってんだ。

「待て。これ以上は無理だから。マジで無理。金払うから勘弁してくれって」
「それこそ無理だな」
「んっ…ふ、ぅ」

くそ、マジでキス上手ぇ。どうなってんだ俺。どんどん抵抗する力が抜けていく。バグってんのは脳だけじゃなくて筋肉もなのか。
だが、理性がぶっ飛びそうになるくらい上手いキスを体験することなんて、ほとんどないだろう。その事実が、珍しいもの見たさというか、つい受け入れてしまう。まぁ、キスくらいは、それこそ減るもんでもないしさ。
でも、それ以上は話が違う。

「へへ、エロい顔してんなぁ。な、いいだろ?」
「だから、これ以上は無理だっつの」
「勃ってんのに?」
「……うっさい」

ふやけた頭で抵抗を試みる。力が入っていないので恐らく無理やりやられればもはや逃げられなさそうな気もするが、甘寧はそれをせず何度も何度もキスを仕掛けてくる。たまに手が耳や首、肩周り、腰などを撫でてきて体が跳ねた。そんなところ、性感帯でもなんでもないはずなのに。

「キス好きか?」
「……嫌いじゃないけど、わざわざあんたとしたいとは思わない」
「お前のそういうところ、めちゃくちゃそそるんだけど」
「頭おかしいんじゃないの。んっ…」
「信じてくれねぇだろうが、マジでお前のこと好きになっちまったんだよ」

知るか。あんたと喋ったのあの晩きりだぞ。好きだのなんだの言われても、信じるわけねぇだろ。
そう言ってぶん殴って出ていけばそれきりになるはずなのに、俺ときたら本当に身体中力が抜けてしまって立てもしない。

「めちゃくちゃキスしてぇ」
「あんた本当に頭どうなってんだっつの、してんだろ!今、何回も!!」
「足りねぇ」

何言わせてやがるんだ?しかも単なるキスではなく、思考まるごと持っていかれそうなやつで、捩じ込まれた舌が歯の裏や上顎を撫で、舌や唇を吸われるとゾワゾワと快楽が背をかけ上がる。うう、気持ちいい。
俺、こんなにエロいこと、好きだったのか?最近セックスしてないなと思っても、どこかでさせてくれる子を探すだとかはたまた彼女を作ろうだとか、そういうことを考えると面倒になってしまって結局一人で抜いて性欲を収めてきた。だから、性欲は薄い方だななんて自負していたのに。
自分のものがどんな状態かなんて、見なくても分かる。今間違いなく、バキバキに勃起してる。情けない。

  
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