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38 脚を閉じろ


どうしてこうなった。
聞かれても多分俺は答えられない。だって、俺が一番聞きたいんだっつうの!
どうしてこうなった!?

「おい、そんなエロい顔すんなって。興奮すんだろうが」

ああ、この馬鹿どうしてくれよう!

「てめぇの都合の良いように考えなさんなよ猪野郎!」
「口わりー。こんな格好じゃ迫力ねえぞ」
「誰のせいだと思って…!っくそ、手離せよ!脚閉じさせろっつうの!」

わなわなと怒りに震える俺の格好は、確かに迫力なんざ全くないし下手すれば武将だということを疑われるかもしれないくらいには酷かった。床にべたりと座り込み、壁に寄り掛かっている俺。そんな俺は後ろ手に手首を縛られて、さらに甘寧に思い切り脚を開かされていた。恥ずかしさに死にたくなる。じわりと自尊心からの涙が浮かんだが唇を噛んでごまかした。

「おいおい、仮にも助けてやったんだぜ?感謝なら分かるけどよ、睨まれる意味が分かんねーよ」
「わかれよ!つうか助けて下さるなら最後まで助けて下さいませんかねえ!」

ぎしぎしと肩を揺らして手首の事をアピールするが、甘寧は素知らぬ顔をして俺の脚を押さえ込んでいる。脚力には自信があるが、何せこんな格好で普段より力が入らない上に甘寧の腕力で足首をがっしりと押さえられては敵わない。悔しい、悔しすぎて泣けてくるっての!

「鬼ごっこで手首縛るって相当だな。鬼か陸遜」
「あんたも十分鬼畜だけどねえ!陸遜はどっちの意味でも鬼!」
「はは、燃やされるぞお前」

そうだ、そうだった。こんな情けない格好しているのはうちの天才軍師さんどものいつもどおり突飛な発言からだった。マンネリ化防止のために、鬼ごっこをしましょう。って。馬鹿だ、馬鹿ばっかりだ。俺とこいつ以外異論なしだった辺り、孫呉の危機を感じてしまう。

そんなわけで始まった鬼ごっこに、付き合ってられるかと言わんばかりに滅多に人の来ない一室に逃げ込んだ俺。全員が飽きたら出て行く予定だったのに何故か陸遜は真っ先に俺の所に来た。軍師さんってのはあれかい、探知機みたいなのまでついてるわけ?チートすぎるでしょうよ。

『凌統どの、このままここでサボるおつもりでしたね?』
『サボるって…遊んでんだから関係ないだろ』
『いいえ、これも職務の一環です。そんなあなたにはペナルティを差し上げねばなりませんね!』

そうして気付いたら床に尻をつかされた挙句縛られていた。俺、武将失格だな。何で大人しく背後を明け渡しちまったんだ!

『いい格好ですね、凌統どの』
『〜ほんっといい性格してるなあんた』
『おや、褒め言葉ですか。…ここに放置しておいて、甘寧どのが来たら面白いですね』
『は?』
『そんなわけで少し眠っていて下さいね。どうせ捕まってますし』

俺の記憶はそこで途切れている。腹を殴られたのか穏便に薬で眠らされたかは分からないがもうどっちだっていい。とにかく起きた時には甘寧にがばりと脚を開かされていて、今に至るってわけだ。もう陸遜なんか信用しない。

「陸遜に褒美を請求されたのはこれか…確かにこれは相当な褒章モンだよな」
「だよな、じゃねえっつうの!大体なんで陸遜はあんたの味方してんだい!?」
「知らねえ。んなもんどうだっていい。据え膳食わぬは何とやらだろ。ま、観念しろや」

そう言ってむちゅっと口付けられる。ああ、手、手さえ動けば!足首を掴まれてはかかと落としも出来ず、俺は泣きたくなるくらい嫌なのに口付けを甘受せざるを得なかった。口内に入って来たぬるりとしたものが何かだなんて考えたくもない。

「〜っん、はぁっ…」
「はは、たまんねえ。最高」
「ちょっ、やめ…甘寧あんた本当にぶち殺すぞっ」
「おーおー怖ぇ。皮肉じゃなくて完全にストレートになってんな」

ニヤリと笑う甘寧。肌蹴られていく俺の胴着。なんだっつうのこの屈辱!泣きたいが恐らくそれはこの馬鹿を煽るだけだし、なんの意味もなさないのだろう。父上、ごめんなさい…不甲斐ない息子は、こんな馬鹿に…


「はい、そこまでですよ甘寧どの」
「陸遜!」
「てめぇ、いつの間に…」

すらりと長い双剣で甘寧の首をあっさりと囲ったのは、そもそもの元凶である陸遜だった。でもそんなこと、すっかり頭から抜けた。とにかく助かったんだ。俺、今なら陸遜に絶対の信頼を寄せられる!

「珍しいですねえ甘寧どの。私ごときに首を取られるなんて。それほど凌統どのに熱中していたということなんでしょうけど」
「てめぇ、わざとだろ!あと一時間待てよ!」
「なんで私が無償でそのようなことを?面白そうだったのでからかっただけですし」
「ちくしょう…」

血も涙もないことをほざきながら笑顔でいる陸遜に甘寧が降参する。すっと離れて行った時にふいた小さな風に、俺は安堵だけでない何かを感じていた。陸遜が俺の後ろ手をすっと解放する。手首に紐の痕が残っていたが、まぁ女じゃないしそこまでは気にしないことにする。ようやく自由になった体がばきばきと悲鳴をあげた。

「ハメられたぜ…いや、俺はハメたかったんだけどよ」
「ぶっ殺す」
「いやあ、甘寧どのを策に引っ掛けるのはなかなか愉快ですねえ」
「いや、どうみても被害者は俺ですけどね軍師さんや」
「…ま、ちょっとは進展して良かったんじゃないですか?ねえ、凌統どの」
「あ?」

ぱちっとウインクした陸遜はうきうきと室を出て行った。甘寧がものすごい勢いでこっちを見た。信じられない、みたいな声を出して。俺はと言うと驚きと絶望と恥で、無言で顔を赤らめていた。な、なんで知って…!

「おいおいおい、どういうことだよ凌統ちゃん?答えによっては犯す、いや何を言っても犯す!」
「じょっ、冗談に決まってんでしょうが!俺があんたとの、し、進展を、望むわけないっつーの!」
「くそっ、可愛いなお前!たまんねえ!」
「だからちがっ、違うんだってのっ!」

今度こそ涙目で、俺は逃げ出した。手が自由っていい。人類はもっと五体満足について感謝すべきじゃないですかねえ!

「あっ、おいてめぇ待ちやがれ!腰立たなくなるくれぇヤッてやるよ!」
「鬱陶しいんだよっ!!」

ばたばたといい大人が全速力で走る。俺はさっきより何千倍も真剣に鬼ごっこに興じていた。捕まったらどうなるか、そんなことは容易に想像できる。たとえ、万が一!俺がそれを望んでいたとしても…いや、ないけど!こんな勢いでされるなんて、勘弁だっつうの!

鬼ごっこは、結局どっちもが体力を使い果たすまで続いた。アホだ。


「どうです殿。効果的にマンネリ化を防ぐ今体力づくりは」
「うむ、大成功のようだな。やる気の低い甘寧と凌統をよく手懐けたな。今日最もよく動いていたようだが…」
「ええ、お任せ下さい。陸伯言、殿の命とあらば何事をも可能にして見せましょう」
「おお、頼もしいな!」


そんな殿と陸遜の裏取引なんざ知らないまま、俺は甘寧と二人でぐったりと寝転んでいたとさ。もう、陸遜には逆らわないと決めた、そんな日だった。
…襲ってほしかったわけじゃないからな!?ただ、さんざん思わせぶりに言っておきながら…な、なんでもないっつうの!


【脚を閉じろ】
開かされたのは脚、それとも心?
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