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リリカルノイズノーカウントの続き
(リリカルノイズシリーズB)
※終盤はR18です
※糖度がかなり高め
※フェスシーンは何だか楽しそうだな、くらいで流して下さい。



正直に言うと、この日を楽しみに過ごしてきたところはある。遠征なんて久しぶりで、しかもクルマという足があるし、何だかんだチケットも奢りだから尚更。ただ、行く相手がちょっと油断ならない変態というか、俺のことを好きだのなんだの言って触ってくる奴だから、ちょっと面倒だなぁとは思うけど。そんなことを差し置いても、京都行きは最高に楽しみだった。

早朝、待ち合わせた駅のロータリーに現れた甘寧を前にテンションが上がったのは絶対に隠し通しておこう。

「おう凌統。長丁場だぜ、寝てきたか?」
「当たり前。誰に言ってんだ?」
「玄人に言うことじゃなかったな。荷物後ろ適当に置いていいぜ」
「どうも」

後部座席を遠慮なく開けて多少荷物が載せられた車内に自分のバッグを乗せる。と言っても大した物は持ってきていない。着替えとタオルととモバイルバッテリーくらいなもんで、あとは基本身一つで足りる。それほど車があると言うのはありがたい。

「お、ギター持ってきたのか。トランク開けっから貸せ」
「荷物増やして悪いね」
「大して積んでねぇから気にすんな。大事なもんだろ?動かねぇように…っと、こんなもんか」

甘寧が俺のギターを大切そうに載せ、他の荷物で動かないように固定してくれた。こういうところは本当に好感が持てる。つうかこいつ間違いなく女の子からモテるだろう。趣味が悪いせいで泣く女の子の数を想像すると勿体なくてそれこそ泣けてくる。
甘寧がふいに俺の髪をすくった。一瞬心臓が跳ねたのはもちろん吃驚しただけだ。それ以外にあるはずがない。

「今日は下ろしてんだな。サングラスもしてねぇし」
「縛って車乗ると痛いんでね。グラサンは活動用だから」
「なんでも似合うな」
「そりゃどうも」

いつまでも俺の毛先で遊ぶ甘寧の手を弾き、助手席のドアを開けた。甘寧も運転席に乗り込みベルトを締めていざ出発と思いきや、身を乗り出して俺の頭を掴みそのまま口付けてくる。こいつ、本気で油断ならない。肘鉄をキメて離れるように意思表示をするとくつくつ笑いながら運転手に戻っていった。

「いいだろ、おはようのキスくれぇ」
「なぁ、俺たち会うの三回目。まだほぼ初対面」
「うち全部でキスして、一回ヤッて、一回素股か。濃厚な関係じゃねぇか」
「…着いたら即解散してやるっつの」

そのタイミングでホイと渡されたのは、甘寧のスマートフォンだった。こいつ本当に距離感がおかしいと思う。俺が甘寧にいい感情を持っていないことは確かに伝わっているはずだが、こうして貴重品を投げて寄越したり、初めて人を上げた部屋で寝こけたりするもんかね。
そう思いながらスマホの画面を覗くと、今日からのフェスのタイムテーブルが映っていた。アプリでどのアーティストを見に行くか選択できるようになっており、甘寧が既にチェックを付けたあとのものだった。

今回のフェスは本日金曜と土曜、日曜朝までと大規模で出演アーティストは100を超える。そのような大型フェスでは大抵誰かと行っても別行動ばかりだ。入場までと飯と休憩、最後の片付けくらいが皆揃うタイミングで、特に俺のようなコアなバンドばっか見てる奴は「いた?」と聞かれるくらい誰にも会わない。それが普通だった。

「………げぇ」
「おっ、その反応ってこた、やっぱ俺たち気が合うな?」
「8割かぶってる」
「ははっ、すげぇな。諦めろや、そういう運命だ」

甘寧は上機嫌で車を走らせる。アーティストの好みが一致しまくっているのは先日の不本意お宅訪問で分かっていたことだった。だから今回のフェスで俺がタイテをチェックしている時も、ちょっとは思ったさ。この並びなら甘寧もこのステージだろうなとか、ここの時間帯はお互い空きそうだなとか。自分で言っておいてなんだが、三回目の割に妙なことだけ知りすぎている気がする。互いの音楽の好みだとか、キスが上手いこととか。
…余計なこと考えるのはやめよう。俺は純粋にフェスを楽しみに来たんだ。甘寧のスマホの画面を落として返す。そういや、と甘寧が続けた。

「お前結構レス遅いんだな。京都行かねぇのかと思ったぜ」
「俺はあんたと連絡先交換してたこと自体忘れてた。つうか、1時間返事ないだけで鬼のように送ってくんなっつの。面倒くさい女子か」
「お前が返事しなくて路上にもいなかったら、繋がりがねぇだろ。俺にも焦りってのがあんだよ、可愛いだろ」
「怖ぇよ」

ドン引きして甘寧を見るが、こいつはやけに楽しそうだ。フェスに行けることだけじゃなく俺との繋がりが持てたからなのか、何だかんだ京都に一緒に行くことになったからなのか。その感情自体は俺にとっても悪いものではないような気がしたが、こいつのことが恋愛的に好きかと聞かれるとあり得ないと即答できるので複雑だ。
人間的には好みも合うし話しやすいと思う。だけど、初回から酔わせて犯すような男なので、気持ち悪いというより信用ならない。ゲイではないらしく俺がタイプとのことだったが、レイプしてきた奴が言ったとて信じられないのも無理はないだろう。
じゃあ何故、もっと突っぱねたり嫌がったりしないのかと聞かれると答えに窮する。俺も男で人並みの性欲があるので、ぶっちゃけ気持ちいいことは好きだ。こいつの行為が何故か生理的に無理ではなく、上手くて良いと思ってしまった時点でやや流されている自覚はある。…だから、こういうことは、今回考えないようにするんだって。内心自分を罵る。

「俺、朝飯食ってない」
「俺もまだ。もうちっと走って、SAで食おうぜ」
「運転手はあんただ。好きにしてくれ」
「おう。あ、飲みもんは適当に買ってある。その袋な。あと、BGMは任せた」

シガーポットに繋がれたミュージックプレイヤーは前にこの車に乗った時と同じものだ。中を操作すると、今回の出演アーティストがしっかり追加されていた。

「"火計軍団"見るんだ?」
「あんま好みじゃねぇ気がしたけど、評価されてきてっから試し」
「俺もこの時間空いてんだよなぁ。予習して合えば見ようかな」
「夜中だったよな。何曲か入れて、キツかったらやめとけよ」

一曲選択し、イントロを聞く。新しい音を聞くときはいつもワクワクする。世の中音楽というものは無限に溢れていて、そのどれもが知っているような気がするし新鮮なような気もする。
『今はたくさんの音を聞け。そうすれば、お前の成長の糧となるだろう』
俺を雇ってくれるという会社の孫権社長が言ってくれた言葉だ。俺の京都フェス行きをとても喜んでくれたので最高の会社だと思う。

「…うん、やっぱ生で聞いてみる。あんたこれ音源買ったのかい?」
「"火計"はレンタルした。あと、"Nikyo"と"じゃじゃ馬"もレンタル。他は割と好きだから買ったぜ」
「案外マメだな。じゃ、色々予習させてもらいますかね」
「途中疲れたら言えよ。大体二時間おきくれぇで停まる予定」
「承知。つうか、俺運転替わんなくていいわけ?」
「よっぽど疲れたら頼む。多分イケる」

甘寧がそう言うなら多分大丈夫なんだろうが、関西方面運転したことねぇし、替わるなら途中の高速がいい。一応その旨を伝えると短い返事が返ってきた。高速の入り口で方面が分かれまくっているので慎重になってるのだろう。そういや、助手席ってナビしなくていいもんなのか?まぁ、いっか。

「"Nikyo"声かわいーねぇ」
「顔もまぁまぁだったろ」
「あんな上物まぁまぁで済むわけないだろ。あんたやっぱ目腐ってるよ」
「隣の垂れ目が可愛く見えるしな」

こいつと喋っていてこっち方面に向かってこられると頭がおかしくなりそうだ。無視に限る。
俺はその後もひたすらBGM係に徹した。と言っても予習と好きなアーティストを入れるだけなので、運転と比べれば余りに楽な仕事だが。

ジャンクションを抜けてあとはひたすら高速を走るので、会話がしやすそうだ。寝てりゃ着くとは思いつつ、運転してもらって自分だけが寝るのは気が引け、話題を探す。

「俺さ、京都初めてなんだよね」
「マジか、珍しいな。修学旅行は?」
「沖縄」
「坊っちゃん校かよ」

俺は定番京都奈良だったな、と甘寧がつぶやく。

「日曜ちょっと京都ぶらついて帰るか?」
「えっ、日朝のあと?すげぇ疲れるぜ」
「まぁ大丈夫だろ。土曜の18時から確か結構空いてっから寝るわ」
「あんた、いいやつだな」
「おう。どんどん惚れてくれや」
「それは無理」

つれねぇなと笑う横顔が格好いいとは思う。単なる人間として考えればだ。俺が女だったら本当に惚れていたかもしれない。だが俺は男だしそもそも恋愛感情というものがここ最近分からなくなっているので、そういった気持ちにはなりそうもない。

「京都気になるとこあんのか?」
「思いつきだから、全然調べてないね」
「お前寺とか神社とか、興味ある?」
「ない。けど社長がさ、色々見とけって。音を聞くだけじゃなくてたくさん経験しろって言うんだよ。俺もう34だっつの」

そう言うと甘寧が爆笑した。俺は確かに実年齢より下に見られがちだが、やっぱこいつもそう思ってんのか。ふざけてやがる。肩を叩くと甘寧が笑いをこらえた。

「悪ぃ悪ぃ、いいじゃねぇか、人の良さそうな社長さんでよ」
「それはそうだけど。そんなわけで、どっか一つくらい有名どころ行きたいかな」
「金閣とか清水とか、伏見稲荷とかその辺か?まーじゃあ、当日適当にな」
「あ、抹茶の何かを食ったり飲んだりしたい。抹茶味、めちゃくちゃ好きなんだ」
「おー、俺も好きだぜ。抹茶パフェの美味ぇ店が…どこだったか、橋のそばにあった気がする」
「いいね。今日から楽しみづくしだ」

そう言うと甘寧が嬉しそうに「おう」と返事した。こんな奴だが、総合的に見ればいい奴だし話も趣味も合う。最高の友人だとすれば、これ以上ない良い旅だ。その枠を抜け出したがっている甘寧に応えてはやれないので、その気まずさが本当に余計だと思う。

ずんずん響く重低音と聞き馴染みのない曲を聞きながら、3回目の奴と知らない土地へ行く。なかなかない経験だなと思いながら、すばやく流れる景色を眺めていた。

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