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35 危険因子を孕んでる


本来味方であるはずの人間から向けられる、敵以上の殺気、ギラギラした目、そして武器。その在ってはならない危険因子に、俺は惚れた。

殿の前だとか部下の前だとか一切関係なしにあいつは俺に鋭い視線を走らせた。もしかすると俺だけにしか分からねえようにやってるのかと思うほど場をわきまえずに見てきやがるからさすがの俺も一度、呂蒙のおっさんに相談した。

「…皆気付いておる。殿も、部下もだ」

おっさんの返答に驚いたがなぜか妙に納得もした。元のあいつなんざ知ったこっちゃねえが、周囲は同情か優しさからかあの視線を許容してるってことか。まぁもちろん武器や手足を向けられたときは周囲も止めてくれるんだし俺としては殺りあったって別にいいんだけどな。
孫呉の危険因子だと思われていることに、あいつは気づいているのだろうか?こんなに想われつつ内心ヒヤヒヤさせてもいるだなんて滑稽で笑える。そんな道化に、俺は惚れたのだ。

「…よぉ」

そんな俺のアイする人物に、一対一で会うことはあまりない。周囲が細かく目配せしているからだろう。過保護だとも思うし甘いなとも思うが、なぜかそれでもいい気がしてしまう。この、凌公績という男はたくさんの人間に甘やかされて生きてきた。それなら、それを貫き通せばいい。守られて優しくされてべたべたに甘やかされて、それで通常なんだと思う。だが、全員がそうである必要はない。だから俺は、テメェに優しく当たろうなんて微塵も思わねえんだ。

「珍しいじゃねえか、周りのお優しーい奴らはいねえのか?」
「…何が言いたい?」
「甘ちゃんなお前が一人で俺に会って、どうすんのかと思ってよ」

ぶんと勢いよく飛んできた何かを咄嗟に避ける。それは奴の愛武器ではなくそれこそ珍しいことに大振りな戟だった。ああ、でもそれも似合う。しなやかな体躯から繰り出されるでかぶつはインパクトがあるし攻撃力も高かった。

「へえ、いいもん持ってんな!庭で鍛錬か?一人で」
「黙れっつの!!さっきから、一人ひとりと…鬱陶しいんだよ!」
「おお怖ぇ。でもよ、」

足元を整えて、グッと一瞬だけ筋肉を意識しながら踏み込む。これが最も速い接近法だと、長年の経験で体が覚えていた。案の定対応しきれないでいる凌統の武器をまずは蹴り落とし、そのまま首を鷲掴みにして後ろの大木まで押しつけてやった。衝撃と共に凌統の首がしまる。いけね、と思って手の力を緩めながらも俺の脚は凌統の腹を蹴り上げる。我ながら忙しい。ゲホゲホとむせる凌統に俺は構わずのんびりと話しかけた。

「お前もそろそろ体が覚えてんだろ?お前は俺には勝てねえ」
「げほっ…ぐっ…」
「周りの奴らがいなけりゃお前なんざとっくに殺せるってことだ。俺は味方は守る主義だけどな…互いに仲間だなんて微塵も思ってねえんだ、殺したって構いやしねえだろ」
「あんたは…俺が殺すんだっつうの…!」

どんなに劣勢でも衰えることのない殺意を抱いた一心な目。俺はそれに惚れたのだろうか?どこに惚れたのかはもう忘れた。多分どうでもいいことだったんだろうな。

「ああ、いいぜ。待ってる。早く俺を殺してみろよ、凌統」

理由なんざ忘れたが惚れた事実は現実で、おそらくこの時の俺は表情から台詞から雰囲気まで、全てがべた甘だったと思う。クソ、優しくしてやろうなんて、微塵も思ってねえ。思ってねえのについ、甘やかしてしまう。なんだ、こいつの特殊能力か?危険因子なんてもんじゃねえな。

「は…?」
「やべ、誰か来るな。じゃあな凌統ちゃんよ」

ざわりとした気配を感じた俺は凌統を放ってそこから去った。きっと凌統に甘々になってる奴らだろう。あんまり凌統をいじめると俺こそ処罰を食らう羽目になる。むしろ、凌統に下すよりあっさりと罰するだろうな。なんて奴らだ。俺はすたこらと逃げながらも、目の前にあった端正な顔を思い出して一人、頬を緩めていた。馬鹿か。

危険因子を孕んでいるのはいつか処罰されるかもしれない凌統か、そいつの起爆源の俺か、はたまたそのどちらもを含む孫呉なのか。吹き荒れる非日常に、俺は惚れ込んでいた。


【危険因子を孕んでる】
産み出すのは天国?地獄?
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