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41 そして、喪失がはじまる



俺には小難しいことはサッパリ分かんねえし、わざわざ言ってもくれねぇ相手の心情を読むなんざ面倒くせえことはしたくねー。
だが、目の前でいい大人が泣きそうに顔をゆがめてんの見たら、どうよ?
声もかけられねーくれぇギリギリでボロボロなやつがいたら、どうする?
嫌でも考えるしか、ねえだろ。


前に陸遜と話していて、興味深いと思った話がある。
「人間は、何かを得て、その分何かを失っているんですよ」
「はあ?なんだよいきなり」
「失うものが何か、どのくらいなのか。それによって人生が大きく変わると思いません?」
「そうかあ?得るものの大きさの方が大事だろ」
「さすが甘寧どの。それももちろんあります。どっちも大事なんですよね」
「・・・んーあー、まぁ分からなくもねーな」
「ですから、救ってあげて下さいね」
「は?」
「喪失しか感じていない彼に、何かを与えてあげて下さい。きっとあなたにしかできない」
「なんで俺なんだよ」
「これに関しては、理論的な考えは何一つないですねぇ。勘です」
「そーかよ・・・」
こんな感じだった。

俺はと言えば、久々に会った凌統を目の前に、いよいよこっちも固まりながらそんなことを思い出していた。

凌統。俺がその父親を殺した相手。
三年ほど前にここ孫呉に降った際はしょっちゅう突っかかってきたものだ。
そりゃまぁ、気持ちは分からなくもねーが、まだまだガキだった三年前の俺はそれに苛立ち、よく争った。
大して覚えちゃいねえが相当酷ぇことも言ったし直接やりあった事だって数えきれねーくらいあった。

挙句の果てには戦の後(戦の間はさすがに何もなかったが、)に本気でやりあって以来、俺は建業から離れた場所にブッ飛ばされる始末。
完全に向こうからつっかかってきてこんなことになったくせに、凌統が建業に残されたあたりだいぶ猫可愛がりされてんだろう。
まぁ別に戦えりゃどこでも良いし、これに関しては苛立ったりはしなかった。

ただ少し、物足りない生活が続くな、と思ったのは間違いなかったし、間違ってもいなかった。


そして久々に戻って来た建業。戦でも会わなかったし、陸遜やおっさんからの話でしか聞いてなかった凌統に、三年ぶりに会っちまったわけで。

しかもその反応ときたら。
怒りでも喜びでもなく、どうみても“困惑”だった。俺が帰ることくれぇとっくに聞いてただろうに、その反応ってどうなんだ。泣きそうに顔をゆがめて、ギリギリで立っているようなその表情。声をかけるのもためらう所だが、そうも言ってられねえんだろう。俺から話かけねえと、何も始まらねえ。

「よう」
「……っ」
「久しぶりだな。ヤッパこっちのが俺は好きだわ。広ぇし、可愛いねーちゃんは多いし」
「・・・あんた、全然、変わってないな」
「お前は変わったな。・・・あー、いや、言うほど、お前のこと知ってるわけでもねーけど」

語尾にフォローを入れる話し方なんざしたことねぇ。
だがこんなにも自信なさげに話す相手に、気を遣わざるを得ないと言うのが本音だ。
俺が、凌統に、気を遣う。
三年前じゃ考えられねぇワードだな。

「どうしたよ?前みたいに、つっかかって来ねぇのかよ?」
「・・・っ、建業からトバされたことへの仕返しでもしようってかい?」
「ははっ、お前の皮肉も三年ぶりだな。いや、違ぇって。つうかお前それ気にしてたのかよ?」
「はあ!?気にしてる訳ないだろ。むしろ清々したっつの。一生帰って来なくたっていいのにねえ」

慌てて皮肉る凌統が可愛く見えたのは、気のせいじゃねえんだろう。三年も経つとあんなに争ってたことが馬鹿らしく思えるし、必死に俺を嫌う凌統が可愛く見えるのもなんとなく、頷けた。

「そうだよな。悪ぃ、帰ってきちまったわ。こればっかりは殿の命令だしな」
「は?お、おい、甘ね」
「あー、俺なりによ、お前の視界に入らねえようすっから。お前も、あんま陸遜やおっさんに心配かけさせんな。な?」
「っ俺に説教かい?違ったよ、…あんた、変わったな」
「そうか?…お前ほどじゃねえよ。俺になんざ言わねえと思うけど、左腕、どうした?」

長いこと話している訳じゃねえし、そんなに大げさな身振り手振りを凌統がした訳でもない。
でもなんとなく左腕にぎこちない違和感を覚えた。ずっと戦場で動いて避けての人生を送ってきたもんだから、こんな時だけ妙に観察してしまう。
目の前の奴の弱点は、小さい雷が走ったように、見つけられちまうわけだ。

左腕、という言葉に凌統は思っていた以上に反応した。体を震わせ、瞬時に箇所を押さえる。
慌てたように俺を見る目には、困惑と驚きと、多分怒りが乗っていた。

「なんで…っ!誰から聞いた!?」
「はぁ?誰からも聞いてねーよ。その様子じゃお前隠してんだろ?」
「じゃあ、なんで…!」
「たまたまだろ。安心しろ、誰かに言ったりしねーよ。戦では使えんのか?」
「…今のところは、問題ない」
「ならいいだろ。医者には見せろよ、いなかったら紹介する。じゃあな」
「なっ、ま、待てっつの!…なんなんだよあんたっ」

その時の泣きそうな顔ときたら。こいつ何歳だよという呆れと、やっぱり少し可愛いかもしれないなんていう気まずい心象しか残さない。
何があって、そう変ったなんて今更聞くのもだるい。だけど、こいつにはまだ何かが足りない。
与えてあげて下さい、そう言った陸遜の声が頭の中を駆け巡った。

「すまねえ。俺、頭悪いからよ、直球で聞くぜ。お前は俺に何を望んでんだ、凌統?」

与えるものがわからねえなら聞くしかねえ。そう思ったがあまりに直球な俺の言葉に、凌統はぴきっと固まってしまった。
図々しかったのか?これ以上どうしろってんだ?つうか、俺の仕事かこれ。
内心陸遜に愚痴をこぼしまくっていると、凌統は左腕を庇ったまま顔を上げた。覚悟を決めたような顔だった。

「もう、三年なんだよな」
「あ?あぁ、まぁ、そうだな」
「…正直に言うぜ。わかんねえ」
「…はぁ?」
「だから、わかんないんだっつの。俺はあんたに何を望んでるのか。そもそも、何かを望んでるのかすらわからない」
「そりゃ、すげぇ。三年前だったら確実に討たせろと言ってかかってきだろお前」
「そうかもね。あんたがここからいなくなって俺だってばつが悪かったんだ。だから考えた。俺はあんたを、甘寧を討つべきなのかを」

俺は驚いて、たっぷり1分は凌統の顔を見つめてしまった。
いや、確かに出合い頭もつっかかっては来なかったし、俺が最初に凌統は変わったなと確信したひとつでもある。
だけど。だけどよ!この嬉しさが、誰かに分かるか?なあ。

「笑うなよ?…喪失感に気付いたんだ。あんたを死ぬほど…いや、殺したいほど嫌っていたし、仇討ちをしなければ父上が報われないとずっと信じていた。それでも戦では共闘せざるを得なかったし、馬鹿みてぇにあんたとやりあってる内に、あんたがいるのが当たり前みたいになっちまったんだろうな」

俺は口を挟まない。いま凌統の話を邪魔する奴は何人たりとも許さねえ。たとえ、自分でもだ。
一言もこぼさず聞き逃し、一瞬たりとも見逃さない。
義務なのかそうしたいという希望なのか、もうわかんねえけどよ。

「殺したいはずなのに居るのが当たり前になってたなんて、馬鹿だろ。それに気付いたのはあんたが僻地にトバされてから。考えるように、なった。あんたを殺して、俺は何を得るのかってね。…多分、少しの達成感と、多くの喪失感を得るんだと…、今では思ってる」
「っ…」
「そうだよ、俺は、父上がいなくなった時と同じような喪失を、あろうことかあんたに、甘寧に感じてたんだ!親不孝者過ぎて、笑え…うわっ」
「もういい」
「ちょ、おい、ばっか離しやがれ!」
「お前、すげぇや、マジで…」

邪魔をする気はなかったが、あらかたの話は理解したし、むしろ今度はそれ以上聞いていたくなかった。
そう思ったら体はすぐに動くもので、気付けば凌統の頭を肩口にひっぱりこんでいた。
こいつの方が背がでけぇから、抱きしめるとちっと構図が悪い。

「こっからは」
「え?」
「こっからは、お前の好きにすればいい。もうお前は十分悩んだろ。力抜け。俺はここにいる。今度は失うんじゃなくて、もらっとけ」
「何をだよ…」
「ん?んー、わかんねえ」
「はあ?意味わかんねえっつうの」

そう言いながらも、凌統は本当に珍しいことに、俺の言うとおり力を抜いて体重を預けてくる。
表情は見えなかったが、気が抜けたようなため息が聞こえたのでどうせ呆れたような顔をしてんだろう。
ヤベぇ、嬉しい、かもしんねぇ。

「だけど俺、あんたが苦手だ」
「はは、そりゃすまねえ。俺は、結構お前好きだぜ」
「…やっぱ苦手だ」

ここから、何かが始まればいい。
昔みたいな凌統をもう、見なくて済むならなんでもいい。


喪失ばかりのあいつなんざ、もう思い出したくねー。


【そして、喪失がはじまる】
だけど、はじまりにはおわりがあるから。
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