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42 ないものねだり


俺と甘寧は仲が悪い。自負してる。
それは奴が俺の父の仇だからとか、そういうんじゃない。たぶん、ただ単に馬が合わねえんだよな。
仇討ちに関しては、今はもう流している。こいつに助けられたこともあるし、延々と恨んでても何にも得がないっつうか。
すべてを黄祖のせいにしちまえって思った瞬間から、俺はだいぶ楽になった。おそらく、甘寧も。
でも、認めた瞬間から変に気まずくなっただなんて、誰が分かってくれるんだよ!?

「…それで、私の所に、ノロケと言う名の相談に来たと?」
「はぁ?ノロケ?何言ってんだよ。いや、っつうか原因はあいつだろ!」
「孫呉きってのナンバーワン武将、甘寧どのにどのような非があるんですか?」
「何がナンバーワンだっつの!あんの暴力男、何かと突っかかってくるし、過去のことは掘り返すし、呂蒙さんと話してるだけで殴るし、なんなんだよ」
「…甘寧どのは、なんて?」
「“よく分かんねえけど、ムカついた”。こんな理不尽な暴力あってたまるかっつの、死ね!」
「子供ですかあなたは…。まぁでもあなた方の概要は把握しました」
「…さっすが軍師さん。結局あいつなんなんだい?俺にどうしろと?」
「どっちも天然というか、気がつかないというか…。面倒くさいタイプですよね、甘寧どのって。天然バイオレンスツンデレ、新しいかもしれないです」
「…何語ですか軍師さん…」
「別に、どうもしなくていいんじゃないですか。しいて言うなら、もっと一緒に色々なことをしてみてはいかがですか。分からない分からないでは何も解決しませんよ」
「おお、いいこと言ってる、風」
「風とはなんですか風とは。燃やしますよ」
「すみません」
「とにかく、ほら、ちょうど良くいらっしゃいますから、いってらっしゃい」

軍師さんの良く分からないアドバイスを受けつつ後ろを振り返ると確かに甘寧が立っていた。ただし、物凄く不機嫌。なんなんだっつの!!

「行くぞ」

どこに!?



「町ですか」
「おっさんのパシりだよ。ったく面倒くせぇ」
「一人で行けるでしょうよ。俺いらないっつうの」
「馬鹿かお前、この量俺一人でどうにかなると思ってんのか」

見せてもらった指示書には鬼かというほどの量の品が記されていた。鬼か、呂蒙さん…。
指示書を片手にちらりと甘寧を見やる。先ほどの不機嫌はようやく薄れてきたようだが、何歩譲ろうとも俺といて楽しそうには思えない。
別に無理して仲良くなる必要なんざこれっぽっちもないんだが、その、妙につっかかった期間があった分、無視するのも後味が悪いっつうか。
どうせ戦ではしょっちゅうコンビ組まされるし、それならば最低限のコミュニケーションは必要だとは思う、んだけどねぇ。
こいつ、絶対その気ないよな。

「おい、さっさとしろ愚図。てめぇのその長い足は飾りか?」
「あんたさ、仇とか関係なしに殺されても文句言えないと思わないかい」
「俺がお前なんかに殺されるわけねぇだろ。寝ぼけてんのか?」
「死ね。とりあえず苦しんで死んでくれっつの」

我ながらガキの返答だ。甘寧は鼻で笑っただけで返事もせずさっさと進む。くそ、死ね。

結局無駄な会話は一切せず、さくさくと買い物を済ませて行く。だんだん重くなる荷物にげんなりすることもあって、俺は当初の目的などどうでもよくなっていた。
こみにゅけーしょん?なにそれおいしいの?

さすがに手いっぱいになったころ、甘寧がある店に入った。飯屋。何コイツさぼり?

「おっさんが、好きなもん食えってよ」
「えっマジで。そんなお金も貰ってるわけ?」
「それもきっちり二人分。ぬかりねえよなあのおっさん」
「うわああもう超嬉しいっつの呂蒙さん大好き」

喜びながらお品書きを見ていたらそれを乱暴に奪われる。ムカついて顔をあげたら、甘寧は不機嫌だった。さっきまで普通だったろ!?こいつの不機嫌スイッチ全然わっかんねえっつの!

「ほら、さっさと選べよ」
「毒、あんたのに毒入れたい。一発で効くやつ」
「俺なら苦しませるわ。お前苦しんでる顔似合いそうだしな」
「てっめええ…はい、決まり!…っつうか、何で怒ってんだっつの」
「…お前の顔、なんとなくムカつく」
「またそれかよ!なんとなくとか、よくわかんねえとか、そういう理不尽な理由で不機嫌になったり殴ったり、止めてくれないかい?被害者俺なんだけど」
「お前だけだろ」
「それがまた腹立つんでしょうが!何で俺だけなんだよ!」
「何でお前以外にイラつかなきゃなんねーんだよ興味ねえ」

はっあああ!?こいつこの場でぶちのめしてやろうか!?
なんて叫ぶと間違いなく追い出されるので口を噤む。だがしかしムカつくな。全然解決してないし。
そう考えていたら、来たばかりの目の前の飯が一口分なくなっていた。くそ、ムカつく!
仕返しとばかりにがばりと取っても不機嫌にはならなかった。ホントにスイッチが分かんないんですけど?

デザートは別腹なんて言葉、考えた人は天才だ。誰が何と言おうと全力で同意する。
だが、今の俺は一文無し。なんでかって甘寧に無理やり連れて来られて今に至るからだ。
お品書きの端に書いてある甘味が俺を呼んでいるが、残念ながら会えそうにない…。

「何だお前、甘いもん食いてえのかよ」
「はっ!?べ、べつにそういうわけじゃねえし…何で」
「いや、そんだけずっと睨んでりゃ誰でも分かるだろ。頼めよ」
「金ねぇし」
「そんくれぇ出す」
「は!?マジで!?あんたが、俺に!?」
「チッ、うぜぇな。頼むならさっさと頼め」
「うーわ奇跡。ありがとさん」

さぁ誰に会おうかな。うきうきしながら品書きを見つめ、近くにいた女の人に頼む。
ふっと顔を上げると、何故か、甘寧は上機嫌だった。何で?

「なんだい」
「いや、お前、ガキみてぇ」
「うるさい黙れっつの。甘いもん好きで何が悪い」
「悪いなんて言ってねぇよ。そうしてりゃ可愛いなと思ってよ」
「馬鹿にしやがって」

俺の悪態がこの程度で止まったのはマイスイートハニーが来たからだ。あぁ美しいあんみつさん、頂きます。
感動をも覚えつつ食べているとひょいと一口奪われる。構いやしないが、さっきから少し意外だ。

「あっま。お前良く食えるなこんなの」
「…っつうか、意外。嫌いな奴のもん、食うんだ」
「はぁ?そうそう他人の取ったりしねぇよ」
「してんじゃん。飯ん時から二度も」
「たまたまだろ。つうか別にお前のこと嫌いなんて言ってねぇよ」
「はーぁ!?散々暴言暴力ふるっといてかい?」
「俺は嫌いな奴は斬るし興味ねーやつはいじんねーよ」
「…なにそれ、意味分かんね」
「俺も、意味分かんねえわ」
「つうかあんた結構猫かぶりだよな。殿とか重鎮さんの前ではいい子ぶりやがって」
「その方が面倒くさくねーだろ。お前に気使ってどうすんだよ」
「む…」

なんだこれ。意味分かんない。けど、あれ!?いやいや、どう考えても馬鹿にされてるだろ。
なんだ俺、どうしちゃったんだっつうの。嬉しくない、嬉しいわけないだろ!
でも、なぜか、顔がにやける。あーもう鬱陶しい。

「何ニヤけてんだよ気持ち悪ぃぞ」
「特大あんみつ頼むぞこら」
「ねーよんなもん。ないものねだりすんな」
「…なぁ、あんたと最低限だけどさ、こーやって飯でも食いたいってのは、ないものねだりなのかね」
「は?お前馬鹿じゃねえ?」

むっとして睨むが甘寧は全然気にしてないようにニヤリと笑って、俺の前髪をでかい手のひらでくしゃりと潰した。てめぇ。

「勝手にないことにしてんじゃねえよ。いくらでもねだれよ」

笑っている、それも、とても嬉しそうに。
あれ。なんか、嬉しそうじゃねえ?
思わず指摘するとしれっと涼しい顔に戻った。解放された前髪はぐしゃぐしゃで、いつもなら絶対にムカつくはずなのに、俺はちっとも怒りを感じなかった。なんだこれ?

「おら、さっさと食えよ。まだ要り物残ってんだぜ」
「はいはい」

まさかとは思うけれども、甘寧は俺のことが嫌いっつうわけじゃないのかと思ってしまった。そんで、自分でも信じられねぇけど、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ嬉しいなんて、面白くないジョークを感じてしまった。

いいだろう。
ないものねだり、してやろうじゃん。

俺は必死に平静を装いながら、何度も、なんども、甘寧の笑顔を思い出していた。

【ないものねだり】
届かないからこそ、ほしがるの。



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